クラッシャー上司との遭遇とパワハラ


初めて正社員になった会社で
クラッシャー上司が直属となる部署に配置された。

私は新卒ではなく、
一時期他社で派遣社員をしたりした後、
中途採用扱いでこの会社に入った。

募集時の職種とは別の部署への配置だったが、
真夏にそれ以上スーツをフル装備で面接に行くのも面倒で、
そこに決めることにした。

あの時、すでに採用の連絡をもらっていた
不動産業者を選んでいたら・・・

あるいは3次面接を残していた水産業者に
断りの連絡を入れなかったら・・・

今になっても後悔は残る。



私が配属された部署は万年人員不足だった。

いわゆる営業事務の仕事で、
人が足りないのは1人のクラッシャー上司が理由。

次々に新人を潰していくため、
年中募集をかけている。

しかし、営業事務という職種はそこまで応募がこない。

そこで、総務や経理等の他の部署が募集をかける時、
応募者を横取りするという手法が定番になっていた。

当然、入社時にはこんな事情は知らなかったが、
私の後に入ってきた社員も
全員が他部署希望での入社。

そうでもしないと人を確保できない。



他の部署からも異動の希望者を募っていたが、
クラッシャー上司の存在は全社に知れ渡っているため、
誰もやって来るようなことはない。

こんな風にして人員不足の部署に配置された。




そして初めて正社員になった会社で
クラッシャー上司直々にパワハラが始まった。

毎日短くても1時間以上の罵倒、恫喝が続く。

ストレスから味覚がおかしくなり、
体重は50キロを切りかけた。


社員30名程度の会社だし、
部署は6人〜8人(時期によって変動)しかいないので、
その上の上司も当然すべて知っている。

しかし、止めることはない。

クラッシャー上司が定時に帰った後に
悪口を言っていることはあったが指導する気なし。

「仕事もしないで人の仕事の邪魔ばっかするのは止めてほしいよ」
とつぶやいていたこともあったが、
自分がそれを管理する意思はみじんもなかったのだろう。


むしろ、この部署のトップがクラッシャー上司に文句を言うと、
やり込められてしまう。

そんな場面を何度か目にしてきた。



私の後にも後輩社員が何人か入ってきたが、
最短で1ヶ月で潰れていった。

部下をつぶすことが生きがいで
途中からはほとんど自分の仕事もしなくなったクラッシャー上司。

本人がいないところでブツブツ文句を言うだけの部署のトップ。

サラリーマンの世界の悲惨さはこの組織の中で随分見てきた。



この部署の状況で人を補充したところで
根本的な問題解決になるわけがない。

そもそも1年以上続くことがほとんどなく、
クラッシャー上司の入社以降に入ってきた社員は
ことごとく辞めているのだから。

万年人員不足の原因は、
明確にマネジメント側が人を潰していることだった。



会社自体も普通の会社ではなかったらしく、
役員ですらある日突然クビになる。

その他の社員も唐突にいなくなる。

こうしたことが日常化していた。

クビになった人が他部署の場合、
表向きは退職の事実すら知らされない。

最初から存在しなかったかのように
ひっそりといなくなる。


最後は私も、このパターンで会社を辞めた。

ある日の午後に急に辞めることになり、
そのまま退職届を書かされて当日付けで辞めることになった。

あまりにもうまく確立したリストラの流れが、
これまで多くの社員を葬ってきた実績を語っていた。


結果的に、この時に会社を辞めたのが
私の人生を好転させることになったが、
もう2度と他人に雇われないと決意するきっかけとしては
十分すぎる体験だった。


どこかの会社に入れば
どんな理不尽なクラッシャー上司がいるか分からない。

組織の自浄作用などというものは
期待すべくもない。

このことを骨身にしみるほど学んだのが
サラリーマン時代だった。




そして、もう1つ学んだこと。

それは環境の影響を人は想像以上に重く受けてしまうこと。

客観的に考えれば、
クラッシャー上司からのパワハラであったり、
実態を把握しながら放置している会社を
訴えたり労働基準監督署に通報すればいいというのは正論。



しかし、これまでに何人もの社員が辞めていったにも関わらず、
こうした告発は一度も行われていない。

私もまた、同様に黙って会社を去っただけだった。


ある種の異常な力の磁場のある場所に置かれると、
その中でのルールが刷り込まれる。

会社のように生活の大部分を過ごす場所であれば、
その効果は計り知れない。


単なる職場であるとか、給料をもらう場所ではなく、
考え方まで支配されてしまう。

これは恐ろしいことだった。



クラッシャー上司が存在し得る土壌は
どの会社にも存在する。

私がサラリーマン人生に見切りを付け、
個人として独立して生きていくことにした理由の1つは、
この点にあった。



職場を持たなくなって分かったこと

会社を辞めて独立してから2年ほどは、
仕事関係で人に会うこともなく過ごしていた。

20代の頃だったので、
人から教わることも多い時期だったとは思うし、
人間関係から学べることも色々とあったはず。

しかし、それを捨てたことに後悔はない。



というのも、会社組織の中に属していたところで、
優秀な人と関われる頻度なんて高くはないので。

特に下っ端の社員なんて外部の人にはまともに相手にされず、
社内でも末端の位置づけになる。

直属のクラッシャー上司や、その上であっても、
仕事ができるかどうかは大いに疑問だった。


彼らからの指導を受けなくても、
本やネット等で情報を得ることはできる。

そして独立すれば、
自分の手でトライ・アンド・エラーを繰り返せる。

サラリーマン時代よりも成長速度は何倍にも高まった。



自力で結果を出せるようになってからは、
自然に実力者との出会いも増えてきた。

有力な人同士との結びつきの中で、
紹介される機会が増えたので。


こうして、より高いレベルの起業家や経営者と交わるようになり、
さらに成長が加速するようになった。



一度会社という枠組みを抜け出し、
自力で勝負する期間を作ったほうが
多くの人にとっては進化のきっかけになるはず。

よほど恵まれた環境に置かれている場合を除けば。


仕事で人間関係に恵まれるようになった

独立してから当面は人との関係を断った。

人間不信だったわけではないが、
クラッシャー上司やその上の無能な部署のトップ等を見て、
人間関係にうんざりしていた部分は大きかった。



その後時間がたってから、
再び人と関わることが多くなった。

やはり仕事は肩書きにもなるし、
1日の活動のかなりの部分を占めるわけでもあるので、
人物を映し出す部分が少なからずある。

仕事で結果を残すようになると、
能力の高い人と知り合う機会も増えた。


ただ単に仕事の上で優秀な人ばかりではなく、
世界各国を巡って暮らしている人や、
好きな国に移住するために人生設計を徹底して実現した人、
難関と言われる某国の自力でのリタイアメントビザ申請を
見事に達成した人等、
様々な人と知り合う機会を持てるようになった。



もはや人間関係にクラッシャー上司の影を見ることもなくなり、
大きく人生は変わった。

しかし、職場を去った途端に気分が変わったわけではなく、
ある意味でリハビリとも呼べる期間があったのも事実。

それは数週間ではなく、2年ほどの期間がかかった。


私の場合は独立してから仕事のために
他人と交わる必要性がなかったのも一因だった。

もっと早く人との交流をすることも可能だったし、
他の会社に転職するという選択肢もなかったわけではない。

ただ、必要に迫られない限り、
他人を遠ざけたいと思ったということ。


深刻なストレスにさらされると、
本当の意味で回復するのには時間がかかる。

そう考えると、
無理をしてつらい場所にとどまるよりも、
傷が浅いうちに活動の場所を変えるのもありだと思う。

クラッシャー上司がいる職場で苦行のように働いても、
それで報われるわけでもないし、
悲しいことにあなた自身が消耗するだけというのが
ありがちな結果なのだから。



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執筆者、伊田武蔵
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