大英博物館で知識の結びつきについて考えた


私は普段から博物館というものがあまり好きではなく、どちらかと言うと、美術館の方が気に入っている。

しかしながら、世界一とも言われる大英博物館があるロンドンに来た以上は、せっかくなのでもう一度見てみようと思った。

以前にも来たことがあるので、特に目新しいわけではないものの、市内交通が便利だということもあって、ちょっと足を運んで見ることにした。

さすがに以前に来たことがあるだけあって、具体的にどこに何があるという展示物の位置まではわからないものの、どれもこれも見たことがあるようなものばかりだった。

いくつかの博物館に、まとめて行ったということもあったし、さほど興味がないものも多かったので、それほど記憶に残ってはいないのかと思ってはいたものの、意外にそうでもないことがわかった。

それはそうとして、アフリカや中国、あるいは中東とか、様々なエリアの昔からの展示物があったり、更に言うと、日本のものもあったが、どれも総じていえば、非常に退屈だった。

唯一面白かったのは、アメリカの仮面とか、アフリカの仮面とか、そういったものぐらいで、全体としてみると、とても退屈。

しかしながら、世の中には博物館が好きという人もいるわけで、その理由が何かと考えてみると、知識が縦、横、斜めで、様々に結びついてくるとか、そういったことがあると、この博物館というのは、非常に興味を持つのではないかと思う。

簡単に言えば、古代の歴史であるとか、そういったものに興味がない限りは、古い物を見ても、ただ単にボロボロになっているものとか、古びているものとしか見えないわけで、その価値を理解することはできない。

逆に言うと、考古学者であるとか、そこまでいかなくても、歴史に興味や知識がある人の場合には、その考古学的な価値が理解できるわけなので、感情を揺さぶられたりとか、そういったことをすることになる。

例えばもし私が、羽海野チカの三月のライオンの原稿を見ることがあれば、それはとても興奮するだろうし、舞い上がることだと思う。

それと同じような感覚を、博物館好きの人というのは持っているのかもしれない。

そう考えてみると、知識の量であるとか、あるいはその結びつきが多いほどに、博物館というのは楽しむことができるわけだし、そちら側の世界の言語であるとか、そういったものに興味がないわけではない。

しかしながら、古いものに過剰に興味を持つということが、私にはどうもできず、今現在生きている人間の生体だけでも十分に不思議であって、探究する甲斐のあるものだと考えている。

そのため、何千年も前の文明の成り立ちとか、そういったことを時折本で読むことはあるものの、徹底的に追及していこうとは思わないし、きっとそういった方向に興味を持てないような性格なのだと思う。

そういったことを考えてみると、どうやら私に博物館というのは向かないものと推測される。

世の中にはいくらでも、レジャーというものはあるわけだし、あえて自分に不向きなものを選ぶこともない。

そういったことを考えてみると、博物館というのは、今後の興味の対象から外してもいいのかもしれない。



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執筆者、伊田武蔵
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