ひとりで生きるのは突き詰めれば楽に感じてきた


ひとりで生きることの意味は年齢で変わっていった。

高校時代は友人がいなかったし、
大学時代も親しい友人はいなかった。

話しかけられれば話すし、
それ以上の付き合いはないという状態。


社会人になってからの人間関係はひどかった。

配属された部署の上司はパワハラによって
部下をさんざん潰してきた経歴を持ち、
その部署のトップはそんな状況を放置してきた。

もはや人間関係は崩壊していて、
連れ立って食事に行くような光景も見られない。

自然とひとりで生きていくという感覚は強くなった。

頼れる先輩社員がいるわけでもなく、
一時的に身を置く場所として割り切って考えることにした。

一日も早く会社を辞めることだけが目標だった。



他の社員を見ても、
急に会社からいなくなることが頻繁にあった。

それは当日付けでのリストラが原因だったが、
私の身にも思いがけぬタイミングで起こった。

副業で結果が出始めた矢先での失業。

そのタイミングで独立することにした。



以降、6年以上1人でやってきている。

誰かを雇うこともないし、
もちろん人の下で働くこともなかった。

これからもないのだろう。



最初の3年ぐらいは仕事関係で人と会うこともなく、
ひとりで生きていた。

時折友人と会うことはあっても、
基本的には自分の仕事を淡々と進めるだけ。

仕事の内容的に、顧客や取引先との連絡もほぼない。

ただひたすら自分の仕事に没頭するだけだった。



これで人生の満足度が上がるかというと、
残念ながらそうでもない。

退屈や停滞を感じるようになった。

収入はサラリーマンの頃よりもずっと上がったし、
上司の恫喝も存在しないという
満たされてもいい環境に身を置いているはずなのに
物足りなさを感じてくる。


そんな時に暇つぶしで海外移住をしてみた。

いくつか理由はあったが、
単純に面白そうというのもその1つ。

そこで友人ができた。

紹介で友人は増えていった。

ひとりで生きていた状態から、
周りに尊敬できる友人が増えたことで満たされるようになった。



学生時代には、自分が何者かも分からなかったし、
尊敬できる人も周囲にいなかった。

誰とも付き合いたいと思わなかったのも無理のない話。

自分のポジションや価値観を確立できたら、
付き合いたい友人達も増えていった。



一方で、彼らに依存して生きるつもりもない。

元々私は移住先のマレーシアにずっと住むつもりもなかったし、
常に状況は変わっていくという前提で生きている。

だから一箇所にとどまるようなことはしたくない。


ひとりで生きることを前提にしつつ、
その中で誰かと交わる。

独立かつ自立した姿勢というのは、
そういうことだと思う。

誰かの存在に頼り切るのでもなく、
かつてのように交流を閉ざすのでもないフラットな状態。

そんな姿勢を身につける事ができた。



今の私は世界各国を旅する身。

自分の人生を使ってライフスタイルについて
様々な実験・検証を行いながら。

その時々で合流する仲間を求め、
メール講座を作ったりもしている。


これは一見すると、ひとりで生きるのとは真逆の行為。

しかし、その前提として群れずに1人でやっていけるという
自信を私は持っている。

誰かがいないと耐えられないから組むのではなく、
たとえ1人でも行動できることは前提で、
より楽しむために人と一緒にいるだけ。


このポジションは精神的にも安定する。

他人の存在が不可欠になってしまえば、
そこにもろさが生じる。

1つの取引先に収入を依存している個人事業主と同じように。


ひとりでもいいし、人と一緒でもいい。

そんな状態がもっとも精神的に楽だというのが、
世界を旅しながら時折友人と会う生活の中で実感しているところ。



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執筆者、伊田武蔵
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