ジョホールバル移住で得られたもの


マレーシアの首都、クアラルンプールから車で3時間ほど南下したところにある街、ジョホールバル。マレー半島内では、シンガポールに次ぐ最南端の街に移住して2年ほどになる。

ジョホールバル移住のための準備は簡単だった。日本で市役所に生き、海外に引っ越すので住民票を抜きたいと申告するだけ。その後、健康保険の解約手続きや、住民税の手続きを行い、約1時間半で処理は済んだ。

マレーシアへの渡航は初めてだったが、バッグ1つを手にしてジョホールバルへ移住。その家具や家電はコンドミニアムに備え付けなので、日本のような引越し業者を使っての大掛かりな移動は必要ない。

ジョホールバルへの移住は簡単だったが、得られたものは多い。たとえば、プール付きの3LDKのコンドミニアム。一人暮らしには広すぎる部屋だが、都内では1ルームマンションを借りるのも難しい金額で借りられた。

そして、マレーシアは赤道近くの国。年中温暖な気候なので、いつでもプールで泳げる。一応雨季と乾季はあるが、1年を通して基本的に同じ季節と言っていいだろう。これは体が楽。体調を崩しやすい季節の変わり目も存在しない。夏用の服しか要らないため、クローゼットのスペースも余裕がある。

自炊は一切しないのだが、日本食レストランでも一食500円もあれば本格的に日本料理が食べられる。ローカルレストランなら、200円程度。

ただジョホールバルに移住しただけで、生活コストが大きく下がってしまった。収入は一定でも、支出が減ればキャッシュフローは増える。そのお金を投資に回すことで、資産形成のスピードも上がっていく事に。ますます自由になっていく。

しかも、マレーシアのように物価が安い国での生活を経験すると、何かあったとしても暮らしていけるという自信が付く。海外移住というとハードルが高そうだが、ジョホールバルのような物価の安い街に住んでいれば、それほど収入がなくても暮らせる。ちょっと節約気味にしていれば、月10万円でやっていけるだろう。そうなると、稼ぐ金額ばかりを追う必要がなくなる。

こうした価値観の変化は、気持ちを楽にしてくれた。日本でも、月に10万円以内で生活することは可能。ただ、それには節約が必要だし、ストレスも伴う。学生時代には都内に暮らし、10万円以下で生活していたこともあったが、その時の生活と、ジョホールバルに移住してからの暮らしを考えると、生活水準がまったく違う。

こうした価格差を利用するだけで、安いコストで十分な暮らしができるという安心感は、ジョホールバル移住によって得られた大きな成果だろう。

そして、もっとも大きな変化は世界のかなりの国、特に東南アジアで暮らせるという確信を得たこと。ジョホールバル移住を人生の終着点として設定しているわけではなく、私にとっては通過点だった。

その意味で、この町で暮らしたことで、そしてジョホールバルからアジアを中心に各国を旅して周ったことで得た自信は大きかった。

私にとってジョホールバルは始まりの地。初めて海外での生活を始めた記念すべき場所であり、その反面で骨を埋める場所ではない。そんな自由な発想ができるようになった事自体、マレーシアにやってきてよかったと思う。

マレーシアのリタイアメントビザ、MM2Hも取得済みなのでジョホールバルをはじめとしてマレーシアならいつでも暮らせる。その安心感を持った上で他の国にも住んでみるというのは面白い体験だと思う。



【追記1:フィリピンと比べると】

この記事を書いてからずいぶん時間がたった。ジョホールバルを離れて1年間フィリピンのマニラにあるマカティにも住んでみた。海外生活としては2カ国目ということになる。ここにはリトルトーキョーという日本人街を中心に、より多くの和食レストランがある。





そして、移住生活はマカティで打ち止めでもなく、その後も続けている。ただし、一つの国で暮らす定住生活は一度切り上げ、各国のホテルを周るようになった。マレーシアで2年、フィリピンで1年の生活を経験し、より自由度の高い状態を得ることができた。

ジョホールバルに住んでいた時にもシンガポールやバンコク、ジャカルタ、ビエンチャン等に行ってきたが、今ではオーストラリアやヨーロッパ各国、カナダ、アメリカといった世界中が行動範囲になった。

今の生活の目的の1つは、新しい移住先を探すこと。マレーシアであれば、ジョホールバルの他にクアラルンプールやマラッカ、ペナン、イポーも視察に行った。特にクアラルンプールは1ヶ月以上滞在したり、賃貸用のコンドミニアムを見に行ったりもした。その上で、マレーシアからは最有力候補となる街が出なかったという経緯も・・・。

海外での経験量が増えた上で言えるのは、今となっては移住先としてジョホールバルを選ぶ理由が見当たらないということ。街として見た場合に未成熟だし、利便性が高いとは言えない。これは交通の面であったり、レストラン等の商業施設の充実であったりする。

ジョホールバルに移住した時には、東南アジアに来たことがなかった。それどころか、日本から出るのも2度目だった。その当時の選択としては悪くなかったが、東南アジアの、そして世界各国の様々な街を見た今では、この街に住むことを選ぶ理由がない。

以前に住んだことを後悔してはいないし、投資修行としての側面もあったので当時の判断は間違っていなかった。ジョホールバルの不動産の危険性について理解することもできたので。そして、生活環境は基本的に下から上に上げていかないと苦しくなる。環境の整った場所に住んでから、そうでない場所に移住するのは辛い。

そういった意味で、今後はジョホールバルに住むことはないと思う。実際、この街を去ってから約2年が経過したが、特に足を運ぶこともなかった。マカティは離れてから数ヶ月で訪れることもあったのに。

視野が広がれば、より多くの選択肢をふるいにかけることになる。当然、残るのはごく一部の候補だけ。そんな状態になったこと自体、日本を出た時では考えられなかったほどに知識と経験値が積み上がった結果なのだろう。



追記2:今ならジョホールバルには住めない

家賃15万円の部屋に住んだ後、たとえ収入が減っても、家賃7万円の部屋に戻るのは人の心理として難しいと言われる。

住環境を上げるのは心地よくても、下げる(戻す)のは容易ではない。人間は利得を望む気持ちよりも損失回避の方が強いというプロスペクト理論もあるが、手に入れたものを手放すのはつらい。

ジョホールバルの後はフィリピンに住み、その後は1年半ほど各国を周ってみた。ホテルで暮らしながら、世界中を周って次に住む街を探すために。

単なる旅行でもないので、各地のレストランやスーパーマーケット、市場で物価をチェックしたり、治安やインフラ、交通の利便性等を確認してきた。

その中で要求水準はどんどん上がっていく。中途半端な住環境の街に移住しなくても、もっと良いところに行けばいいのだから。この場合のより良い住環境というのは、コストパフォーマンスも含めたものになる。

実はマレーシアも主要都市は一通り縦断してみたのだが、ジョホールバルも含めて今となっては住みたい街がない。マラッカ・クアラルンプール、ペナン、イポー・・・。どこも魅力を感じなかった。

水準を下げるのが厳しい以上、いきなり卓越した環境に身を置くと選択肢がなくなる。そう考えると、海外移住の第一歩にジョホールバルを選んだのは順序として正解だった。あの時には計算があったわけではなく、ただ無知だっただけだが。

階段は徐々に登っていくのがベストだと思うし、その意味でファーストステップがジョホールバルというのは悪くない。ただ、様々な街を見てしまった今、戻ろうとは思えなくなってしまった。

この記事を最初に書いた時と、こうして追記を付け加えている今とでは経験値が大きく変わっている。その中でかつての自分をなつかしく感じるとともに、無知は怖いとも思う。

もしあのままジョホールバルにとどまっていたら、この広い世界の可能性を知らなかったのだから。と言っても、2年住むのが限界だったので、的はずれな心配にも思えるが。どのみち新しい道を模索する運命だったのかもしれない。




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執筆者、伊田武蔵
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