皆勤賞なんて恥じるべきこと


サラリーマン時代には皆勤賞だったが、
それは私が真面目だったからではなく、
休むことが許されない環境だったから。

実際、風邪を引いて体がボロボロでも出勤せざるをえなくて、
通勤中の電車内で吐きそうになったこともある。



結局、環境のために休めないし、有給も消化できなかった。

別に皆勤賞が欲しかったわけではなく、
会社からのプレッシャーが強かっただけ。

言い換えれば、就職先選びに失敗した結果にすぎなかった。



サラリーマン時代の人生はボロボロだったし、
毎日上司に恫喝されながら日々を過ごしていた。

会社の近くになると心臓がバクバクするようになったし、
その意味では慢性的に体調が普通ではなくなっていた。


皆勤賞ということは有給も消化できないわけだし、
労働環境としてろくなものではない。

退職時の有給の買い取りもなかった。


何も誇るべきではないし、
むしろ残念がってしかるべきもの。



学校にしろ会社にしろ、
皆勤賞を目標にして自己満足にひたる人もいるが、
そもそもの目標設定の仕方がおかしい。

本来は達成したい結果を設定すべきであって、
ただ毎日通学したり通勤したりすること自体に
意味を見出しているのは本末転倒。

むしろ適当に通っておけばいいという習慣が身につき、
弊害すら生じる恐れがある。



合理的に考えれば、
支障がない範囲で適度に休んだほうがいいに決まっている。

学校なら進級や進学に差支えのない範囲で、
会社なら周囲との関係等に問題が発生しない範囲で
しっかり休むのが上手な生き方。


それすらもできない会社に勤めたのは、
その時点でミスだった。




独立してからはオフィスも持たないし、
休日と出勤日という区別もなくなった。

ある意味では皆勤賞だし、そうではないとも言える。


体調が悪ければ仕事はしないし、
気が乗らない時も同様。

平日の昼間でも外をブラブラしているし、
旅行に行ってしまうことも頻繁にある。


それでも、仕事の効率の面ではサラリーマン時代より
はるかに効率的になっている。

結局、仕事をやらされている状態よりも、
自分で選んだ仕事をするほうがいい。

当たり前のことだが、
サラリーマン時代には叶わなかったことだった。



皆勤賞なんてどうでもいいことを
誇らしげに自慢している人を見ると、
何だか残念に感じてしまう。

きっと成果は残せず、
ただ通うことだけで終わってしまったのだろうと。



プロ野球やサッカーの選手が全試合に出たのなら、
それは確かに価値があること。

少なくても、控えの選手より戦力になると判断されたから
試合に出場できたわけだし。


ただ、普通の学生やサラリーマンの場合には、
価値が落ちるどころか存在すらしない。

そもそも休む権利を持っているのに放棄しているだけで、
それ以上の何物でもないのだから。



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執筆者、伊田武蔵
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