人間関係の断捨離が孤独につながらなかった理由


これまで半ば無意識で人間関係を断捨離していた時期が何度かある。

多くの人と共通しているのは、高校や大学の卒業だったり、務めていた会社を辞めたとき。

当然ながらそれ以降というのは同じコミュニティに属していないので、連絡をとる人は圧倒的に少なくなるし、疎遠になっていく。

こういった環境の変化で、人間関係が断捨離されたというのは、望むと望まないとにかかわらず、誰しも経験があると思う。

つまり人間関係を切り捨てるというのは、特殊な人だけがやることではなくて実は誰しもが多少なりともおこなった経験を持っていて、実践の意志がなくても外部環境の変化によって強制的にその結果をもたらされることもある。

とはいえ、今回取り上げたい人間関係の断捨離については、どちらかというと自分から能動的におこなうものとなる。

能動的といっても、面と向かって絶縁宣言をするとか着信拒否をして一切連絡をしないとかいった方法ばかりではない。

もっと静かにフェイドアウトしていくという方法もあるので、必ずしも相手と気まずい関係になるわけではない。

まず人間関係を断捨離した場合、孤独になるのではないかという不安を抱えている人も多いと思うが、結果としていえば、それは違っていた。

そもそも人間の使える意識とか時間とかいうのは有限で、友人を500人とか1000人に増やすことは原則として不可能といわれている。

もっともこれはアクティブな友人という意味で、過去の友人の数は含まれていない。

つまり現在進行形で付き合っていける親しい友人というのは、どんなに多くても100人から150人が限界とされているが、その人数に近づけば近づくだけ新しい人間関係を取り込んでいくことが困難になっていく。

つまり、コップの中を水で満たしてしまえば、そこに新しい水を注ぐことができなくなるように、人が付き合っていける人数というのはキャパシティーがあり、どうでもいい人間関係に捕らわれているというのは、そのキャパシティーをいっぱいに満たしてしまっているということになる。

それも粗雑な相手と。

これでいいのかということを考えてみたときに、質の低い相手と付き合っていくことで一生を浪費することが望みだと答える人はめったにいないだろう。

もっとも質の低い相手というのはその人に必ずしも問題があるわけではなく、たまたま相性が合わないだけとか、時期的にすれ違っているだけとかいったことも含めているので、絶対的評価の話ではなく、あなたとの関係ということで捉えた場合にどう評価されるかという話になる。

あなたにとっては目障りで学びが少なく、トラブルを持ち込んでくるような友人であっても、別の人にとっては傷を舐め合うのに恰好の相手かもしれない。

なにしろ地球上には70憶人以上いるし、日本人だけでも1憶2000万人以上いるわけなので、なにも合わない相手と無理やり付き合っていく必要もなく、そういった関係を断捨離するのは、お互いのために利益となる。

そしてコップの水を減らしてしまえば、新しく注ぎ込む余地ができるわけなので、そこから先の出会いが増えて、結果としてその人達の一部と親しく付き合っていくことになり孤独になるということは特になかった。

これは特に環境を変えていくような人については当てはまることだと思うが、過去の人間関係にとらわれていると、自分がいつまでも過去の状態に引き戻される原因になる。

企業家がサラリーマン時代やそれ以前の友人たちと疎遠になることが多いのは、この部分を無意識に感じているところがあるからだろう。

企業をするというのは、今までと違うスタンスで生きていくということにほかならず、ビジネス面だけではなくて、生き方そのものを変えるということなので、当然ながら過去の状態にひきずられるというのは望ましいことではない。

時には童心に返ったり、学生時代の気分に戻って騒いだりするのもストレス解消としては問題ないが、頻繁に過去の自分を思い出すような場面にひきずられるというのは決して望ましいことではないだろう。

これはホメオスタシス(恒常性)という性質を考えれば当然のことで、人間は心拍数や呼吸数、体温等が一定に戻っていくように、生き方についても、元の状態に戻りたがる性質をもっている。

変化を求めるのであれば、ホメオスタシスからいかにして解放されるかというのは重要な課題になってくるし、それを振り切るために友人や知人、同僚等との間柄を断捨離するというのは、ひとつの方法となる。

そして環境を変えたり新しい挑戦をしている人にはどんどん出会いも生まれてくるわけなので、その状態で器をあけておくというのは重要なこと。

逆にいえば、閉鎖的な環境にいて、新しい出会いがない状態で既存の人間関係を断捨離してしまうと、さすがにそれは孤独に陥る原因になる。

なにしろ新しく入ってくるものがない状態で、身の回りにいる人を切り捨てることになるわけなので、ひとりぼっちになるのが嫌ということであれば、新しい出会いが見込めるかどうかということは、考えてほうがいいのかもしれない。


住む場所を変えることで、人間関係も変わる

多くの友人関係や人との付き合いというのは、少なからず地縁に影響されるもので、これはある程度の距離の引っ越しを経験した人であれば思い当たる節があるはず。

町内の中での引っ越しぐらいであれば影響はないが、ほかの県に転居するような場合であれば、そこから急に友人たちと疎遠になってしまうということは、多々見られる現象。

引っ越す前はお互いに合いに行くと約束していてもいつの間にか忘れ去られ、年賀状が年に一回届くだけとなり、いずれそれもなくなってしまうことがある。

私の場合は、海外に移住しているので、国内での引っ越し以上にその傾向は強かった。

日本からマレーシアに移住したとき、さらにはマレーシアからフィリピンに移住したとき、それぞれで少なからず人間関係は断捨離されたし、それでいいと思っている。

こういった環境を変えるというのは、無理やり縁を切るよりもよほど自然に付き合い方が変わっていくし、そばに住んでるから会うという程度の人と自然に距離を置けるという意味でも価値がある。

人間関係を大切にするというのは、ただ単に既存の人と親しく付き合っていくということを意味しているわけではなく、だれと付き合うか、どんな時間の使い方をするかということと真摯に向き合っていくことでもある。

そう考えた場合、離れたほうがお互いのためにいい相手というのもたくさんいるし、それがない状態で人生をよくしようと思っても難しいところがあるので、ときには思い切って行動することも必要。

そしてそれによって得られる成果は決して小さなものではない。

少なくとも私は自分の経験上そう感じている。



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執筆者、伊田武蔵
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