権利を期待すると人間は腐る


憲法によって、我々は
経済的自由権、精神的自由権、人身の自由を
保証されている。

しかし、自由な生活を謳歌している人が、
一体どこにいるのだろう?

周りを見渡せば、
定年まで生活のために働くしかない同僚、
老後の見通しについて何も考えていない両親、
10年後も見えない友人たち。

誰ひとりとして
自由を持っているようには見えない。

憲法で規定された権利は虚構なのか?

答えは、「Yes」だ。




■後付けの「絶対ルール」

人間の基本的な権利、人権。

人間としての最低限の文化的な生活。


これらは近代において開発された。

発見されたというよりも、
開発という言葉が正確だろう。

自然界には、これらの概念はない。

アリに認められた権利などない。

ある程度、人間の愛情や罪悪感の対象になる動物は
動物保護法の対象になったりするように変わってきたが。

いまだに多くの動植物には権利など認められていない。


人権という概念が広まったのは、
ただ単に、その理由があったから。

おおまかに言えば、
圧倒的多数を占める当時の下流層に
支持を取り付けられる、
言い換えれば都合がいい概念だった。

おかげで人権の概念は普及し、
取り入れなければ大衆の支持を得られなくなった

正しいとかどうではなく、
単純に大衆受けする概念を誰かが提示すれば、
それを持たないだけで不利になるというだけ。

こうして、
各国で耳に心地よい人権は広まった。

増税より減税を公約したほうが
選挙で票が集まりやすいのと
極論すれば同じ理屈で。


会社だって、
給料未払いが頻発して有給も取れない会社より、
毎月給料が払われ、有給が取れる方が
従業員が集まってくるのと同じ事。

誰かが有利な条件を提示したおかげで、
それよりハードルを下げられなくなっただけ。


しかし、権利なんて開発されたものにすぎない。

事実、人権によって保証されるレベルは
国によって著しく異なる。

未だにきれいな水を飲めない国もある。


日本では、生活保護者でも夏にエアコンを
使うのは文化的で最低限な範囲らしい。

エアコンを使うお金がなかった学生時代の私は、
国の定める文化的な最低限を下回っていたらしい。

未開文明からの使者とでも思っていたのだろうか?



何にしても、権利は後付けの概念であって、
自然界には存在しない。

ライオンが満腹の時に獲物を狩らないのは、
生きる権利を相手に認めているのではなく、
今後の食料を減らさないようにしているだけ。

あるいは狩りに伴う反撃等のリスクに
備えているだけ。



権利は誰かが保証してくれて、
初めて効果を発揮する。

要するに、
国の保証によって発行されるお金と同じ。

各国が紙幣や硬貨に交換価値を保証したから、
価値を持って市場に流通する。

国がお金の価値を否定したら、
紙幣はただの紙切れになる。


権利もまた、
誰かが保証してくれてこそ機能するもの。

自由である権利も同様。

ということは、
「憲法に書いてあるのに!」と憤ること自体、
ナンセンスな話であることが分かる。

そんなものは、憲法の解釈次第なのだから。

少なくても、
世界4大自由の保証はされていない。

むしろ、
そんな自由を得ている人はおろか、
真剣に望んでいる人すらめったにいない。

そんな状態で政府が保証してくれるはずもなく、
誰も保証しない以上、権利でもない。



世界4大自由は権利として与えられるものではない。

自ら勝ち取るものだ。

この世界4大自由倶楽部は、
そのための情報を提供することはできる。

しかし、行動するかどうかは、
各々の判断にゆだねられる。

ただ、一つ言えること、
人並み以上の自由は権利でも何でもない。

普通の生活に幸せを見いだせなければ、
それに変わる方法を自ら獲得しなくてはならない。



定年になってから、
体が満足に動くかも分からなくなってから
自由になればいいのか?

もっとも、私と同年代の30過ぎの世代においては、
普通にサラリーマン勤めをして
定年を迎えたところで、
経済的には厳しいことが予想される。

そこに希望を見いだせるのか?




その反面、
ネット世界を通して
自由を得るものは後を絶たない。

世界各国を旅したり、高級車に乗って
ブランディングをしている人ばかりではない。

名前を出さない多くの人が
ネット世界でひそかに成功し、自由を得ている。

現代だからこそできる、
人間関係からも時間や場所からも開放され、
お金の面でも豊かになるという方法だ。


15年前だったら、
私は世界4大自由を得ることは不可能と
判断していただろう。

若くして成功した後、
会社でも売却すれば理論上は可能だが、
それだけのバイタリティがあったとも思えない。

その環境においては、
もっと低い目標しか掲げられなかったはず。


私が世界4大自由の旗を掲げられるのは、
ネット世界が台頭してきたからこそ。

さらに言えば、
それぞれの国を移動するハードルも
下がり続けている。

場所の自由を満喫するのに追い風だ。

こうした後押しを受けて、環境は整った。



後は自分が行動するかどうかだけ。

世界4大自由は誰かが与えてくれる権利ではない。

世間から見たら、
異常なレベルのぜいたくだ。

誰かが与えてくれるものではない。

だからこそ、
我々は代償を払わなくてはならない。

成功するかどうか分からない状態で
時間・労力を使うという代償を。

もっとも、
まったくの暗闇を進むわけではない。

あなたの前には道がある。

私が進んだ道の中でも、
もっとも最適化した道を示していく。

ただ、その後をついてくるために
手を動かすかどうかはあなた次第。


一つだけ言えるのは、
歴史的に見ても圧倒的なチャンスが
目の前にあるということ。

それを心から求めるのであれば、
驚くほどのハードルの低さで
世界4大自由という宝を
手に入れることができる。




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執筆者、伊田武蔵
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