休日出勤を拒否することすらできないという不合理


本来的に休日出勤を拒否するなんて当たり前の権利で、
サラリーマンにとって出勤日以外まで拘束される筋合いもない。

しかし、世の中の会社が社員を第一に考えているかと言えば、
そんなはずないのはご存知の通り。

会社側の都合で社員を働かせようとしたり、
残業や休日出勤を拒否できない環境を作るのは
常とう手段となっている。



経営者側の立場に身をおいて考えれば、
バイトではないのだから勤務を時間で考えるのは
間違いだという意見も納得出来ないわけではない。

あくまで仕事の必要性があるから雇っているわけであって、
出勤や仕事が終わる時間は目安でしかないと
雇用する側は思っているだろう。



しかし、頭の中を見通すこともできない経営者や、
そもそも優秀かも疑問なことの多い上司が
休日出勤を命じたところで抵抗があるのは当然。

そこに必然性があるのかもあやしく、拒否したくもなる。

特に上司より先に帰れないといった
意味不明な風習が残っているような企業において、
合理的な理由で休日出勤が必要なのか、
ただ単に仕事の進め方や企業体質に問題があるだけなのかを
判別するのは難しい。



理不尽に休みをつぶされれば、不満は当然たまっていく。

わざわざ休日に出勤することを喜ぶ人はいないだろう。


かと言って、それを拒否するのも難しいとなれば、
どうやって生きていくのがいいのか?

そのままの働き方でいいのか?


私が下した結論はシンプルだった。

そもそも他人の指図を受けて働くのを辞めることにした。

サラリーマンという生き方に背を向けて、
個人でビジネスをやっていくというのが私の結論。

20代の時に会社員を辞め、
元手もスキルもない状態で細々とスタートした。



在職中に副業として始めていたこともあり、
独立して数カ月後には部署内の上司たちよりも
稼げるようになった。

途中で余計な搾取が入ることもないし、
この方がはるかに合理的。

休日出勤を命じられることもないし、
仕事や顧客を選べるので気が乗らなければ
その仕事を拒否できる。


結果として働くことにストレスを感じなくなったし、
仕事が楽しくなってきた。

サラリーマン時代には苦痛でしかなかったのに。



毎月の給料がなくなって結果次第というのは、
プレッシャーがきつくないかと聞かれることもある。


たしかに最初の数ヶ月は不安だった。

最低限の報酬も保証されていない世界なので、
自分の力だけを信じてやっていくしかない。


ただ、ある程度経験を積めば未来も見えてくるし、
1年以上生きていける蓄えがあれば、
急に生活が破綻するようこともない。

そう考えれば、特段心配するようなことはない。



ビジネスが立ちゆかなくなる可能性は否定できないが、
それはサラリーマンにとっての会社倒産やリストラと
大して変わらないレベルの危機。

しかも、1年以上の猶予期間があれば
次のビジネスを立ち上げることができる。

少なくても、食べていける程度の規模感なら
いくつも道は見えている。



休日出勤を拒否できないために、
予定がいつ狂うか心配するようなことはなくなった。

いつ働くかは自分で決めることなので、
他人の指図に左右されることはない。

あくまで私自身が決定すること。


今日は気が向かないから働かないという日がある反面、
旅行先でもパソコンを開いてメールチェックをしたり、
いつも通りの仕事をすることもある。

いつでも旅行に行けるというのは、
仕事が場所の制約を受けていないから。

別に働かずに暮らしているわけではない。



こんな人生が存在することすら、
サラリーマンの時には知らなかった。

むしろ予想すらしなかったし、
社員を雇うこともなく仕組みを作っていけるとは
考えていなかった。


ただ、視野が広がっていくと選択肢が増えるし、
今では休日出勤のような理不尽にさらされて
胃を痛めるようなことはない。

卒業から就職、そして定年までサラリーマンという
既定路線を20代で拒否してよかったと思う。

あのままの人生を送っても、
きっと今のような満足できる生き方はできなかったはず。

他人との違いを受け入れてよかった。



いつの時代の基準で生きるのか?

昭和の時代であれば、
そう簡単に会社を辞められないのも無理はなかった。

起業をするには元手が必要になるし、
多くの業態においては規模を大きくすれば
従業員を雇ってリスクを背負うことになる。

仕組みを自動化しようと思えば、
自分の劣化コピーとなるような社員を育て、
不満たらたらに思いながらも任せるしかない。

そんな状態においては、
起業することが大きなリスク。



一方で、サラリーマンの立場に甘んじていれば、
残業や転勤、休日出勤等を拒否できない反面、
終身雇用や年々給料が上がっていくことを期待できた。

失うものが多くても、得るものもあった時代。

あの頃であれば、
そこそこ適正があるならサラリーマンを続け、
会社組織 の中で生き抜く世渡りのうまさにも価値があっただろう。



しかし、現在、そしてこれからはどうなのか?

会社は社員にどれだけの恩恵を与えるのだろう?

それは自由を犠牲にしてまで得るものだろうか。


仕事に時間を使うというのは、人生の切り売りと同じこと。

限られた寿命の一部を使ってお金と交換しているにすぎない。

給料が安い、待遇に不満というのは
あなたの人生が安く買い叩かれていることにほかならない。

その状況に甘んじ続けるのだとしたら、
自分の人生を安いものと認めているも同然。



かつての基準では、会社を辞めることは大きな問題だった。

社会人として、大人としての欠陥ともみなされかねないほど。

しかし、現代では?


環境が変わっても考え方が変わらない人は多い。

すっかり環境が変わり果てた後で、
ようやく認識を改め始める人が多数派を占める。

そんな中で、誰かの語る昔話じみた教訓に従うのか?

自分で選択をするのか?


結局、答えはあなた次第ということになる。




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執筆者、伊田武蔵
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