南半球まで来ても世界は何も変わらない




今回、オーストラリアまで飛んで、ついに赤道を越えて南半球まで来てしまった。

しかしながら、こちらでも人間の営みというのは特に何か大きな変化があるわけでもなく、季節が反対といっても春から夏になり夏から秋、冬と巡っていくことも変わらない。

そういう意味で言うと、別に何か世界が決定的な違いを見せることもわけではないし、食べ物についても結局世界中で食用にされている植物や動物というのも限られているのでそれ程大きな変化があるわけではない。

例えば先ほどビクトリアクイーンマーケットという市場に行ってきたが、売られているのは見たような果物や野菜ばかりでトマトやキュウリであったり、或いはレタス、リンゴ、オレンジなどの日本でも手に入るものばかり。

イチゴやブルーベリーは比較的価格は高かったが、特に何か日本と違いがあるわけでもない。

こうして見てみると、思いのほか世界中どこに行っても同じような生活を送ることが出来るのではないかと思う。

逆に言えばどこの国に住んでいても同じように生きていくことが出来る訳で、特にインターネットが繋がるようになった現在としては地理的な隔たりというのは確実に小さくなっているように思う。

勿論、ネットが不通の地帯もあるわけだし、まだまだ治安が悪い地域等もあるのでこういったところは別としても、ある程度文明が進んだエリアであれば、もはやそこまでの差がないのではないかという思いにとらわれるようになってきた。

これはどこに行っても意味がないという話ではなくて、寧ろどこに行ってもやっていけるだけの自信がついてきたということ。

それは住む場所の決定権が確実に大きくなっているということでもあるし、行動の多様性が生まれてきたということでもある。

例えばビザや永住権がないと、長々と住むことが出来ないとしても一時的な避難として複数の国をぐるぐる周るとか、そういったことも出来るようになる。

例えばタイのように何回も繰り返し入出国をする外国人がいて、それを規制するというルールを作ることもあるが、色々な国を周っていれば不自然さというのは段々薄れていくし、ある特定の国に依存するリスクというのは減っていく。

極端な話ある一つの国に入国出来なくなったとしても、決定的な痛手にはならないので。

こうして考えてみると日本に生まれたからと言ってその国に依存するのではなくて、もっと色々な国を舞台として生きていくことが出来るし、そういった選択をしても良いのではないかと最近は考えている。

特に日本人の場合、パスポートが非常に強いというメリットがあるので、そこら辺を存分に生かしていくというのも、LCCが発達した21世紀の時代ならではのライフスタイルではないかと思う。

もはや北半球も南半球もないし、アジアでもそれ以外の国でもやっていけるということは、様々な日本人が証明してくれている。

こういった流れを参考にしておくのも一つの方法だと思う。



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執筆者、伊田武蔵
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