ナチュラルな暮らしという不自然な発想から自由になった


ありのままとか、無理をしないとか、自然派といったニュアンスで、ナチュラルな暮らしを求める人がいる。

私自身も一時期、そういった生活のスタイルを取り入れることができないかということで、検討していたことがある。

幸いなことに私の場合は、住む場所も生活する時間帯も自由なので、ライフスタイルについては、かなり柔軟に調整することができる。

その中で、これから先求めていくものの一つとして、ナチュラルな暮らしというのを考えていた。

しかしながら、実際問題として、真剣に吟味してみると、考えれば考えるほど、むしろそれは不自然な発想であるという結論に至った。

自然派という発想の問題点

まずナチュラルな暮らしを、自然との共存とか、自然を取り入れた暮らしということで捉えてみると、ここで大きな問題点が生じる。

まず、食べ物一つを取ってみても、もはや世界の大部分で、あまりにも不自然な食生活が、基本になってしまっているということ。

私の場合、もう数年海外に出ていて、そちらでの暮らしの方がベースになってしまったが、これを読んでいる人はおそらく、日本に住んでいる人が多いと思うので、そちらをベースにすると、食品添加物や保存料などの不自然なものはもちろん、多くの薬は石油から作られているし、一部の肉については、ホルモン剤を投与して、発育を促しているという話もある。

野菜や果物には農薬が含まれるし、納豆や豆腐に直接的に遺伝子組み換えの大豆が含まれていなくても、遺伝子を組み替えたトウモロコシを、資料として食べている牛や豚を食べることを避けるのは、非常に難しい。

食品一つ取ったところで、このように、もはやナチュラルな暮らしをするということは非常に困難で、手間とコストを惜しんでいたら、とてもやっていけない。

では、そこまでの苦労をするつもりがあるかというと、私にはなかった。

自分で畑を耕すとか、あるいは徹底的に厳選された農家からしか食べ物を買わないとか、そんなことは現実的ではないし、まして私のように旅をしていることが多いと、どうしたってレストランに入って食事をとることが多い。

その中でいちいちそこの食材がどのようにして、作られたものであるかを気にするということは、負担にしかならない。

ナチュラルな暮らしをすることによって、人生の選択肢を大幅に狭めてしまったのでは、困りものだし、自然がたくさんあるところに住むと言っても、本来の意味での自然というのは、人間にとっては非常に不便なだけではなく、時には有害ですらある。

それは植物にかぶれるといったことを、考えてもわかる通りだし、私達が考えている田舎暮らしというのは、大抵の場合において、人間の手によって整えられた緑であって、決してナチュラルなものではない。

どちらかと言えば、不自然に分類されるものを、人間の感性から見て、自然だと思っているというだけのこと。

そういうことを考えてみると、徹底的にナチュラルな暮らしを追及していくと、ストレスは溜まるし不便だし、ろくなことはない。

結局のところ、ほどほどにしておくのが、ベストであるという結論に至った。

ありのままという文脈での問題点

ナチュラルな暮らしを自然派の生活という意味ではなくて、もっと自分のあるがままの状態を保って生きていくということだと解釈するのであれば、これは極めて特殊な人以外には、無理な話ということになる。

というのも、世の中のライフスタイルが多様化するにつれて、多くの人はどのように生きたらいいのかということについて、明確な答えを持たず、誰かのお仕着せの価値観にすがっているというのが実際のところ。

だからこそ、憧れのアイコンとなるような芸能人とか、有名人というのは、どの時代も常に必要だし、そもそもありのままの自分がなんなのかということを、上手に定義づけられる人というのは、極めて特殊な部類に入る。

つまりナチュラルな暮らしということで、自分らしくあろうとしても、そもそも自分らしさが何なのかを定義できないわけなので、結局のところ意味がない。

無理をせずに生きていくという程度の意味合いで使われることが多いと思うが、頑張らないというのは単なる手抜きであって、それが幸せであるとは限らない。

一時的な無理が、結果的に人生を好転させるということもあるし、私の場合であれば、サラリーマンから独立起業したことや、日本から出て海外に移住したことというのは、一時的にストレスを伴うことではあったし、全くナチュラルなことではなかったと思うが、おかげで大きな自由を得ることができたし、あの時の選択があるからこそ、今の私がある。

しかし、サラリーマンの時の私にとっては、それは私らしさでも何でもなく、極めて不自然な選択と行動をしたことによって、その後の自分らしさの定義というのも、大きく変わったことになる。

そう考えてみると、ナチュラルに暮らすという発想は、そもそも無理があるのではないかという風に思う。

確かに言葉の響きとしては、悪くないものがあるし、数年前に流行ったロハスとか、身の周りのものを天然系の素材で満たしたいという需要や、アンチキャリア志向の表れとか、様々な面でニーズがあるのはわかるが、漠然としたイメージではなくて、現実に突き詰めたライフスタイルに落とし込もうとすると、かなり不毛であるという風に感じている。

結局辿り着いたのは、自分にとって居心地のいい住環境を提供してくれる町に住んで、そこでベストと思われるようなライフスタイルを築き、そしてそれを1年とか2年とか定期ごとに捨て去って、また次に移っていくというのが、私にとってはベストな選択ではないかという風に感じた。

そうしていく中で、見えてくるものというのがたくさんあるし、これまでもフィリピンやマレーシアに住んだり、東欧に90日弱滞在したり、様々な経験をしてみて、たどり着いた結論となる。



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執筆者、伊田武蔵
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