人間関係のストレスがなくなった理由


ある会社を退職した後、人間関係からのストレスから解放されるため、
新たな人付き合いを一切拒んでいた時期があった。

勤めていた社内はパワハラで次々に
新人を退職に追い込む上司を中心に、
ギスギスした雰囲気に支配されていた。

そんな環境で2年ほど過ごしたこともあり、
もう他人と関わることに嫌気が差してしまった。



できるだけ余計な人間関係を作らずに
ストレスを遠ざけたいと思っていたのが当時の気持ち。

退職後に独立したこともあり、
自分の仕事に打ち込んで時間を過ごした。

集客や販売の代行を仕事としたが、
すべてネット上で完結することもあり、
誰かと会ったり電話をすることもなくなった。

基本的にメールのやり取りもない。


そんな生活は人間関係のストレスで疲れ果てた身には
心地よかった。



しかし、その状態をずっと続けられるわけでもない。

当時はまだ25歳だったので、
これから一生を誰とも関わらず生きていくのも
手放しに素晴らしいと納得できる選択ではない。


基本的には徒歩圏内で完結する生活を営みながら、
その先にある何かを探していた。



そして、ある時にふと気づいた。

もう日本に住む理由が何一つとして残っていないことに。


何しろ仕事で人に会うわけでもなければ、
特定の職場があるわけでもない。

自宅で仕事をしていたので、
別に引っ越してもネットがつながれば問題ない。

人間関係に依存しないので、
国外に出ると支障が出ることもない。



そう考えると、
マレーシアに移住してみるのも悪くないと思うようになった。

新しい環境に身を投じれば何かが変わるかもしれない。

何も変化がなくてもマイナスにはならない。

そんな気持ちだった。



日本での生活がストレスに満ちていたわけでもない。

当時は3.11の震災前だったので、
放射能汚染の心配もなかった。

取り立てて海外生活をする必然性もなく、
しかし日本で暮らす理由も同様に失っていた。


それなら住み慣れた国を離れてみるのも
悪くない選択に見えた。



結果、その思いは的を射ていたらしい。

新天地で一人の友人ができたことをきっかけに、
新しい友人ができていった。

そこでの人間関係にはストレスがなかったが、
理由を分析すると尊敬が根底にあったことだろう。


相手の能力や生き方に敬意を持てるという感覚が、
過去の私にはどの時期においてもなかった。

会社員時代には人格的に問題のある上司が
部下を潰していく環境だった。

周囲も巻き込まれないように傍観しているだけで、
尊敬よりは軽蔑寄りの感情しかなかった。


学生時代にしたって、
周囲に尊敬の念を抱いたりはしなかった。


そもそも、自分が何者かが分かっていない状態においては、
誰と関わりたいかも理解できない。

理想の人間関係も見当がつかず、
目先のゴタゴタにストレスを溜めるだけだった。



人付き合いも得意ではなかったので、
興味のない相手と一緒にいるのは邪魔くさかったし、
学生時代に友人が少なかったのも必然。

それが30歳になってから変わるとは思わなかった。


結局、自分の人生が見えてきたことによって
ストレスのない人間関係にも恵まれた。

そういう未来が待っているとは思わず、
棚ぼた的な感じは否めないが、
結果的には良かったことは間違いない。



これからは人間関係の幅をむやみに広げる気もないし、
本当に気が合う人や尊敬できる人とだけ
付き合っていけたらと思う。

一緒にいてストレスになるような人は
余程の学びにならない限りはいらない。

そういう関係が長続きするとも思えないので、
実際問題としては我慢しながら誰かと付き合っていくことは
今後はほとんどないのかもしれない。



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執筆者、伊田武蔵
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