ベトナム、ハノイで映画パディントンを観てきた


マイケル・ポンドのクマのパディントンを原作とした、映画パディントンを観てきた。

フエでの風邪が治りきらず、一日中観光をして回るには体がきつかったので、映画でも見ようと言うことになり、以前から熱烈に見たかったというわけでもないが、たまたま気が向いたのと、風邪で体が弱っている時には優しい話を観たいと思いこの映画に決めた。


ストーリー自体は特に目新しいこともなく、ファンシーなくまのぬいぐるみがその魅力をたっぷりと伝えるという忠実な出来レースというか、予定調和なのだが、それがかえって微笑ましさをもたらしていた。

個人的には、ロンドンの風景が久しぶりで懐かしかったし、チリからやってきた主人公のくまがパディントン駅に由来して名付けられるシーンはなんだか微笑ましかった。


そして、配役もストーリーのアーキテクトの型に忠実に作られていて、目新しさは少ないものの、物語の作り方の再確認というところでははっきりとした価値があった。

例えば、ブラウン家の主人であるヘンリー・ブラウンは一家の大黒柱であり、厳格な一面を見せるものの、物語の終盤では普段の石頭ぶりから柔軟で勇敢な男になり、家族の尊敬を集めるというのは、まさに役割を演じているという印象。


対して、妻のメアリー・ブラウンは最初からパディントンに好意的で息子のジョナサンと娘のジュディは当初距離を置いていたものの、それぞれに距離を近づけていき、さらにジョナサンは科学好きでジュディは語学が得意で、家族には隠してボーイフレンドがいるというわかりやすい役割をそれぞれに演じている。


そこに風変わりな隣人とか、ニコール・キッドマン演じるミリセント・クライドがパディントンを剥製にするために付け狙ったりと話が進んでいくのだが、とにかく終始ロンドンの風景が懐かしく、その部分に目が行ってしまう。


個人的に一点気になったのは、暗黒の地チリという言葉が物語の中で何度も出てくるが、それが炎上の原因になってしまうのではないかという懸念。

しかしながら、そういった話は聞かないので、かなり寛容に受け止められているらしい。


元々、差別というのは人種に対して、あるいは宗教に対してのものは厳格な反面で、国名や国民性に対しての場合は比較的おおらかに受け止められる傾向がある。

ただし、第3世界に対する中傷というのは比較的風当たりが強く、辛辣な反撃を受けることもあり、南米のチリを暗黒の地という標語と結びつけてしまうというのは危険もあるのではないかという気がしたが、意外にその辺りは摩擦が起きることはなかったらしい。


基本的に成熟した国ほど、なにか言われたとしてもそれを冗談として受け入れる度量があるが、発展途上にある国に対してそれをそのまま言葉にしてしまうと、反発を受けることもある。

そして、その傾向はおおまかに言えば年々強くなっていく方向性を感じる。

これは、世界的な言葉狩りも、日本独自の場合も同じこと。


例えば、日本の場合であれば障害者の害の表記をひらがなにするという流れがすっかりとできているが、こういった過剰とも思えるような細部にまで気を使わなければいけないとなると、莫大な予算を費やして作る映画などは一つの間違いによって悪評や避難にさらされることになりかねず、そのあたりは中々恐ろしい所。


夕方になってからは、PHO THINに行って買い物、牛肉のフォーを食べてきた。

そろそろ、ベトナムの旅も終了するので、フォーも食べ納め。

ここ数日はハノイも冷え込んでいたが、温かいフォーは体に心地よかった。



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執筆者、伊田武蔵
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