左遷人事で落ち込んだならチャンスかもしれない


サラリーマンなら不本意な左遷人事を言い渡され、
怒りをおさえるのに必死になったり、落ち込むこともある。

ただ、これが長い目で見た時に本当に不幸なのかと考えると
一概にそうは言えないという事実も。



そもそも会社組織に所属しているのであれば、
どれだけ優秀な人材でも最終的には1つの歯車や駒の域は出ないもの。

会社に長年貢献してきた優秀な社員が
唐突にリストラされるというのも世間ではよくあることなわけで。

そう考えると、左遷人事によって組織の身勝手さや
自身の身が置かれている環境の危うさに気付けたら、
考えようによってはラッキーだとも考えられる。



企業の寿命が27年を下回る時代になった以上、
そもそも1つの会社に勤め上げること自体が今では困難。

しかもその社内でも不当な左遷人事が行われたり、
専門でもない職種に配置転換されることも。

こうなってしまえば、
もはやサラリーマンとして生きることがリスクなわけで、
その中でうまく出世するのは薄氷の上を歩くようなものではないかと。




昇格していける確率だって多くの会社では高くない上、
それが実現しても役員報酬はたかが知れていることが大半。

年収1千万を達成するだけでも何年かかるか、
社内の例を見てみれば大体の予想がつく。

しかも税引き前で1千万の年収といったところで、
手取りでは700万程度にしかならない。

それだけの結果を得るために
あまりに高すぎるハードルにチャレンジすることになる。


仮に順調に出世していったとしても、
会社の業績が悪くなったり倒産すれば
上っていた階段自体が崩壊することに。

こんなリスクを改めて考えるタイミングが、
多くのサラリーマンには存在しない。

日々の忙しさと業務に追われ、
人生を大局的に見つめ直すことは常に先延ばしにしてしまう。



しかし、左遷人事という感情が揺さぶられる出来事によって、
これからの生き方に疑問が生じたはず。

それを単なる不満で終わらせず、
本当にこのままでいいのかを考える機会にするのであれば
人生を変えるチャンスにもなるはず。



左遷人事は潜在的なリスクの1つが顕在化しただけで、
危険な道を歩いていて襲われるようなもの。

本来的には不意打ちでも意表をついた出来事でもない。

サラリーマンをやっているのなら、普通にありえること。

その不条理さを心から嘆くことになって、
初めて本当の意味での危機感を持てるのかもしれない。



出向や部署の移動、降格等、左遷にも様々な種類があるが
人事権を会社が握っている以上、
人生のコントロールがきかないのは当然。

その状態で生きていくのであれば、
会社に翻弄されることを楽しむ心構えが必要だと思う。


私にはそうした生き方はできなかったので、
早々に独立の道を選んだ。

サラリーマンへの適性がないことは就職前から薄々感じていたし、
その適正を得たいとも思わない。

わざわざ経営者に搾取される弱い存在の中で優秀になるより
自力で収入を得ながら好きなように生きていきたい。

その思いが強かったから。



サラリーマン社会の日本において、
起業や独立のリスクが語られることは多い。

ただ、社員でいることにもリスクや苦労は付き物。

それなら、どちらが自分にとって満足度が高いのか、
努力を惜しまず夢中になれるかを考えた方がいいのではないかと。



私はサラリーマンとして頑張る気にはなれなかった。

上司の機嫌をとったり、社内のパワーバランスに配慮しても
何の成長があるのか理解できない。

本質的な価値のない仕事だってしなくてはならない。

そのために我慢しても意味を感じられない。



独立してから多くを学び、色々なことを試してきた。

それはどこか子供の頃の遊びの感覚に近く、
うまくいっても失敗しても楽しめた。

自分の人生をコントロール出来ていることも実感できた。


どちらの環境が能力を発揮できるのかは一目瞭然のはず。




左遷人事によって待遇は悪くなったかもしれない。

その場所に甘んじるのか、
人生を根本から変えようと決意するのかはその人次第だし、
振り返った時に左遷がどんな意味を持ってくるかも
これからの生き方次第。



私にとってリストラが独立の機会になったように、
後から見た時に左遷の事実は人生の分岐点になった
大切な出来事になるのかもしれない。

降格というのはしょせん車内においてのこと。

落ち込むのが一般的なリアクションではある一方で、
大局的に見たらどうでもいいこととも言える。

社内でちょっと出世したとか、
左遷や降格人事にあったなんて、
他人から見たらどうでもいいことだったりするのだから。



人は社会的な動物なので、
仕事に対して報酬だけを受け取るためのものとは
簡単に割り切ることができない。

その中での人間関係や力関係に躍起になるのは、
ある意味本能的な反応とも言える。

特に男性性が強い人の場合には、なおさら。



ショック療法という言葉があるが、
サラリーマンや公務員としてのレールを歩いてくると、
落ち込んだり愕然とするぐらいの出来事がないと
人生を見直す機会は持てない。

そう考えると、左遷という出来事をどのように活かすかで
その後の人生は大きく変わっていくのではないだろうか。

左遷拒否=解雇という事例も

私が以前勤めていた会社においては、
ある日を境に忽然と社員が姿を消すことがたびたびあった。

会社の方針に少し難色を示すだけでも
即日解雇(形式上は本人都合の退職)になっていたため。

そのため、左遷に当たるかどうかは何とも言えないが、
部署異動を打診されて迷った素振りを見せただけでも
「従えないなら辞めてもらった方がいい」と
退職願を書かされる流れになることがあった。



対象となったのは長年勤めた社員の場合もあれば、
入って数ヶ月の社員のこともあった。

会社の打診に盲目的に服従する社員以外は不要という社風だったため、
こんなことがまかり通っていた。

小さな会社だったので、
子会社に飛ばして事実上の左遷人事を行うようなことはなく、
あくまで社内での異動ではあったが、
このようなことが日常茶飯時になっていた。


結局のところ、他人に人生のコントロールを任せるのは危険。

雇われるとなればこの点を覚悟しなければいけないが、
通常なら40年程度に及ぶ働く期間を
薄い氷の上を歩くようなリスクを背負い続けるのは
あまりに無謀なのではないかと思う。

そんなこともあり、
私は早々にサラリーマンという生き方に見切りをつけ、
自分で小さくビジネスをスタートすることにした。



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執筆者、伊田武蔵
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