幸せ恐怖症は治ったのか?


いわゆる幸せ恐怖症の症状を感じたのは、
満足を先延ばしにする癖に気付いたのがきっかけだった。

「いつか、将来困るかもしれない」

「調子に乗っていていいのだろうか?」

そんな思いは昔から付きまとっていた。



サラリーマンの時には、
とにかくその環境から抜け出すのに必死だった。

理由は単純で、当時の上司のパワハラがひどかったから。

ある意味、この時期には幸せ恐怖症なんてなかった。

目に見えるほどに不幸だったし、
それを迅速に解決する手段も持っていなかったため、
会社を辞めることを心の支えに副業に励むだけだった。



無事に独立できた後は、
再び幸せ恐怖症の兆候が見られるようになった。

望んでいる環境が手に入ったはずなのに、
手放しに喜んで浮かれることができない。

油断したら、いつかひどい目に遭わされるような気がした。


それが被害妄想であると理性では分かっていても、
恐怖という感情は消えない。

ただ、このままでは寿命の問題もあるし、
命はあっても体の自由がきかなくなることも考えるようになった。

元々体が弱かったこともあり、
このような懸念もあったために考え方を変えることにした。



幸せ恐怖症の治療方法なんて分からなかったが、
どうにかして自分のマイナスの側面を抑えたい。

そのためにまず行ったのは、
将来に向けて様々なシミュレーションをすることだった。

自分のビジネスの動向から資産の運用まで、
最悪の場合も含めていくつものシミュレーションを重ねた。


その上で、
どのようなパターンでも生き延びられることを確認。

具体的に必要な蓄えの金額も算出した。

フィリピンとマレーシアでの海外生活の経験もあったため、
物価の安い国で生活すればコストを抑えられることは
体感として知っている。

このことは安心感につながった。

最悪の場合でも、
年に200万円もあれば十分な生活ができる。

頑張って節約すれば、150万円でも問題ない。



こうして考えてみると、
今の段階で人生の楽しみを享受したとしても
リスクが大きくないことがわかった。

むしろ歳を重ねることによるリスクの方が大きい。

ある程度の実感がわいたことで、
幸せ恐怖症の症状がいくらか弱まった。

とは言え、これだけでは根治とは到底言えない。


次に行ったのは、環境を変えること。

あれこれ考えるよりも、
楽しい環境に身を置くようにした。

たとえば、世界一周の旅に出たのもそう。

今はポルトガルの首都、リスボンのホテルのバルコニーで
この文章を書いている。

この場所からは目の前の広場を一望することができ、
左にはサン・ジョルジェ城が見える。

こんな素晴らしい眺望の場所で
のんびりと自分の考えをまとめる時間を取れるというのもいい。

これが終わったら、
南にしばらく歩いて海沿いを散歩してから
夕食に出ようと思っている。



比較的無趣味な私にとって、旅は数少ない楽しみの1つ。

世界一周というのは、楽しくないわけがない。


幸せ恐怖症であっても、
目の前に広がる絶景や新しい体験を前にすれば、
それを拒否することはできない。

ただ、そこに至るまでの過程で
「他にするべきことがあるのではないか、
特に苦行に通じるようなことで」
という迷いが生じるだけのこと。

これは繰り返された思考のパターンなので、
楽しみを追求することに慣れれば書き換えられるのかもしれない。

もっとも、実験過程なので結果が出るにはまだ時間がかかるのだろう。



仮に幸せ恐怖症が完全に治らなくても、
それはそれでいいのかもしれない。

不安がなければ人は怠惰になる。

油断し、慢心する。


個人事業主として自らビジネスを行って生きる覚悟を決めた以上、
誰かに戒められることなく我が道を行く必要がある。

そう考えると、未来に対して臆病なぐらいのほうが
結果的に安全な気がしている。

それなりに収入を確保できるようになった今、
漠然とした不安までなくなったらだらけるのは必至。

緊張が途切れないようにするためには、
適度に未来に不安を抱いているぐらいの方がいい気もする。


結局はバランスの問題で、
今を楽しむことや経験を積むことをないがしろにしすぎても、
逆に遊ぶことばかりを追求しても良くない。

最終的には、ここでも調和が重要な鍵になる。



メールアドレス

よく読まれている記事

1位:世界一周を日常に変える方法

2位:【無料】海外移住オンラインセミナー

3位:パワハラ・リストラからの人生逆転















本当に伝えたかったこと


メールアドレス
取扱い上の注意
執筆者、伊田武蔵
伊田のこれまで
カテゴリー
人気記事

ページの先頭へ