もっとしっかりしたい気持ちを放棄したら人生が好転した




かつての優等生として、もっとしっかりしたいと思いつつ
生きてきたところがある。

と言っても、ただ単に大人しいという理由で
優等生のように誤解されていただけなのだが・・・。


それでも他人からの評価というのは影響があるもので、
大人になってからも無意識にしっかりしたいと考えてしまっていた。

しかし、そんな余計な気持ちを捨てることで人生は変わった。



サラリーマン時代のパワハラが原因で、
このまま会社勤めを続ける未来に愛想が尽きることに。

そして副業から始め、20代で独立した。

30代になろうとしているタイミングでマレーシアに移住したが、
この段階ではもっとしっかりしたいという気持ちが
拭い去れずにいた。

独立しているのだし、自分を律しなくてはならないと。



ただ、年中温暖なマレーシアの気候や、
新しくできた友人の型にはまらない生き方を見て、
考えを改めるようになった。


ちなみに、赤道近くに住んでみてわかったのは、
南国育ちの人のだらしなさは環境的な必然性があるということ。

まず、暑いのでいちいち体力を消耗していられない。

免疫力を下げないためにも、
常時ある程度の余力を残しておく必要がある。

また、味の好みはともかく食べ物は豊富だし、
最悪の場合、住居がなくても凍死する恐れもないので
生きていくことに危機感がない。

自然にだらけてしまうところがある。



それはそうと、もっとしっかりしたいとか、
そういう感覚をなくしたことによって得られた結果がある。

それは新しいことに挑戦するタイミングが
確実に前倒しになったということ。

言い換えれば、体験価値を積み上げるスピードが上がった。



しっかりしたいならミスは許されず、
事前に入念な準備や調査が必要になる。

しかし、リスクが小さいならさっさと実験した方が
結局は早いし問題も起こらない。


時間が人生において有限な資源ということを考えれば、
余計なことを考えている時間の方がもったいない。

たとえば、他の国に旅行に行く時に、
私はもうほとんど調べもせずに行く。

現地についてから、
ネットを使って周る場所を探したりする状態。


もっとしっかりした計画を作ろうと思ったら、
時間がかかって仕方ない。

間違っても翌日に突然プーケットに行くことにするとか、
そういう行動は取れない。

そう考えると、
一見無茶に見える行動を躊躇せずに取れる方が
生きていく上でプラスに働いている。



細かいことに気がつけると言えば能力のようだが、
どうでもいい枝葉に囚われて、
根幹となる部分が見えなくなっては意味がない。

効果が半減どころか、
むしろ人生においてマイナスにすらなりかねない。



こうして、特にプライベートの部分においては
しっかりしたいという気持ちはなくなり、
もっと成り行き任せで冒険したらいいと思うようになった。

元々の性格としてそんなに無茶をする方ではないし、
無謀なぐらいが調度いいのではないかと。



管理を仕事にするのであれば、
几帳面でしっかりした性格が好まれるかもしれない。

しかし、私はそういう立場にはいない。

むしろ新しいことに挑戦して、
既存のものとは違うライフスタイルを実験することが
重要になっている。



そんな立ち位置にいるのであれば、
足元を常に固めるしっかりした性格よりも、
見切り発車ができるぐらいの方が向いている。

その方が楽しいこともこの数年の体験で分かってきたし、
おかげで航空券も一部手配せずに2週間の海外旅行を始めたり、
その2日前まで行く国すら途中までしか決まっていなかったりした。

それが悪い方向に働いたかといえばそんなことはなく、
むしろラオスのルアンパバーンという素晴らしい村を
訪れる機会となった。



もっとも、時折ホテルや航空券のチケットを
別の日付けで取ってしまった時には、
もっとしっかりしたいと思ったこともある。

たとえば航空券の場合、香港国際空港に到着してから
チェックインカウンターで日付けが前日であることを指摘され、
飛行機に乗れないこともあった。

結局、空港でホテルと翌日の航空券の予約をし、
もう1泊することで問題は解決したが、
さすがにもう少し慎重になりたいとは感じた。

その経験がその後に活かされているかどうかは、
いまいち何とも言えないところ。

ホテルや航空券の日付についてはイージーミスが時々あるし、
それはたしかに不毛なところ。

ただし、大局的な判断においては全く話が別。



重要なのは生活全般ではなく・・・


もっとしっかりしたいという言葉の裏には、
多くの場合生きる姿勢というか、
生活の広い範囲にわたってミスを減らしたいとか、
うっかり何かを忘れることを防ぎたいといった意図が隠れている。

しかし、これまで人生がうまく行っている人、
特にビジネス面で成功している人を見ていると
一点突破の力が強いことを読み取れた。

有名なところでは、
アップルのスティーブ・ジョブズは人間的には
欠陥だらけの人間だったが、
彼の偉業は死後も世界中から尊敬を集めている。

何日も入浴しなくても、
DNA鑑定の結果すら否定して子供を認知しなくても、
パートナーに報酬をごまかして報告しても、
他人の逆鱗にことごとく触れても
偉人レベルの扱いを受けることができる。

反面、ジョブズの下にいた常識人の中には、
まともな職場環境を求めて去り、
平均的な給与で生涯を終える人もいるだろう。



ジョブズの例は極端すぎて
ちょっとした人格破綻者の様相すら示しているが、
もっと身近な成功者というレベルで見回してみると、
しっかりしている人は少ない。

どこか抜けていたり、
生活においては隙だらけであったり。

実際、ある友人はビジネスでは年収億単位だが、
スリ・置き引き・強盗等に何度もあっている。

ここまで何度も被害にあうのは、逆にレア。


しかし、それが一点突破のための省エネとして考えると
納得できる部分がある。

実際、人間の忍耐力の合計には限度があり、
たとえばダイエットを頑張ると
仕事への情熱は冷める傾向にあると指摘される。

そう考えると、
どうでもいいところでもっとしっかりしたいと考えるより、
あなたの人生にとって重要なことに集中して
エネルギーを注ぎ込んだ方がいいのではないだろうか。

些細なミスなんて簡単に取り返せるし、
一芸に秀でた人に抜けている部分があっても
周りは以外に認めてくれるもの。

全方位型のしっかりした一般人になるより、
ちょっと変わったこだわりの人になる方が
生きていて楽しいし、周りにも良い影響を与えられる気がする。


人生においてゼネラリストになっても、
しょせんは代わりのきく存在にしかなれない。

優等生やしっかり者は上には上がいるし、
むしろ特別な経験や技能を積み重ねたり、
自分のライフスタイルを謳歌して
新しい道を進んでいく方がテストケースとしての価値がある。

そうした生き方をする上で、
過剰にミスを恐れるのは足かせになってしまう。

途中でマイナスのポイントを差し引かれても、
トータルで大きなプラスになればいい話。

減点法よりも加点法で評価されることを
考えた方が人生はうまくいくのかもしれない。



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執筆者、伊田武蔵
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