死生観が変わった二つの出会い


私はこれまで生きてきて、人生観やステイ感が変わったきっかけというのは、大きく分けると2つあったように思う。

逆に言えば、その出来事がなければ、今また世界をだいぶ違う目で見ていたのではないかという風に感じる。

この数年でかなり人とは違う体験を積んできたが、せっかくなのでここで、参考までに印ておこうかと思う。

世界的な貧困との遭遇

日本を出て、フィリピンやマレーシアで暮らすようになってから、いわゆるスラムと呼ばれるようなエリアで暮らす人を見かけることがあった。

とは言っても、私が生活をしているのは、外国人が居住するようなエリアなので、その中にスラムがあるわけではなく、特にフィリピンの場合は、本当の意味での治安の悪いスラムは、隔離されている状態なので、私の住んでいたマカティから伺え知れるのは、その一端のみだった。

しかしながらそれでも、死生観が変わるほどの貧しさのインパクトを受けたというのも事実。

例えば私がフィリピンに移住をして、まだ住むコンドミニアムを探している段階で、見かけた光景があった。

それは今でも忘れることができない。

おそらく家がないであろう3歳ぐらいの女の子が、1人で人形遊びをしていた。

その子は路上で座り込んで退屈そうだったが、同じぐらいの年齢の子供がやってきて、嬉しそうに顔を輝かせ、立ち上がってそちらに数歩歩み寄った。

近付かれた子供の方も、少し戸惑いつつも興味深そうに相手を見ていて、通常であれば、そのまま一緒に遊び始めそうな雰囲気だった。

しかしながら、後からやってきた方の子供は、母親に連れられていて、そちらは普通の中流家庭の子供だと思われる。

そして母親は顔をしかめながら、子供の手を強く引き、足早に立ち去っていった。

取り残された女の子は、その後ろ姿を呆然と見守っているだけで、それ以上声を発することも歩みを進めることもなかった。

格差が広がることで、子ども同士の関係が築かれることすらも疎外されるということを、フィリピンにやってきて、まざまざと見せつけられた。

しかも彼らは、まともに教育すら受けられないので、読み書きすらもできず、何かを学ぼうと思っても、本やインターネットを駆使することすらも、できない場合も多い。

世界的に見てこういった貧しい人たちというのは、いくらでもいるし、環境要因において、そこから簡単には這い上がれないということも多々ある。

日本における格差よりも、更にひどい状況があるということを、海外で頻繁に目の当たりにし、努力によって道が切り開かれるというのは、ある程度条件が整っている場合であるという、認識を持たざるを得なかった。

しかしながらその一方で、貧しさは必ずしも人を不幸にしているわけではなく、貧乏生活を送っていながらも、明るい人たちというのは意外に多い。

これはまた、私の死生観に影響を与えたことの一つ。

例えばタイでは、ほとんど仕事のないタクシー運転手が、将棋やチェスのようなボードゲームをやっていることが多いが、彼らが儲かっていないことはあきらか。

しかしながら、人生を悲観しているようには見えないし、むしろ日本で精神をすり減らしながら、働いているサラリーマンよりも、幸せそうにすら見える。

貧しさに対するこういった認識といのは、自然に私の死生観を変えていった。

大富豪たちとの遭遇

海外に出てから、貧困を目の当たりにすることは増えたし、これは新興国の話ばかりではなくて、ヨーロッパやアメリカにおいても、どの町にも必ずホームレスはいて、失業者が溢れている国もある。

これは先進国も同じこと。

しかしそういった人を目にする一方で、いわゆる大富豪とか、ビジネスにおける社会的成功者とか、そういった類に分類されるような人と、会うことも多くなってきた。

これは私自身もサラリーマンを辞めて、独立起業したら、人脈が自然にできていったというのが理由。

年収が数千万円の人もいれば、数十億円単位の人もいる。

しかしながら、彼らの幸福度や、人生の満足度が収入や資産に比例しているかと言えば、そんなことは決してなく、むしろいかにして自分の生き方を確立しているかとか、余裕のある暮らしができているかとか、そういった総合力というのが、重要であるように感じた。

お金というのはある程度あれば、困らないもので、たまたま自分が目標とするライフスタイルに、お金が必要なこともあれば、そうではないこともある。

しかしながら、ほとんどの人は、稼げる力を持った段階で、それを放棄するとか、あるいはセーブするという考えはあまりないように感じる。

そもそも、会社を作って大きくしてしまった人は、経営者としての責任もあるので、社員に対して、生活を保証するという意味で、自分が買っていリタイアしたりするわけにもいかない。

それは仕方がないことではあるが、結局人生設計がうまくできていないと、幸せにならないというのも、貧しさとの遭遇ということと合わせて、死生観を形つくる要因となった。

エジプトのピラミッッドにまつられているミイラのように、古代より多くの権力者は、いかにして命を永らえるかというテーマについて、取り組んできた。

しかしながら、いかにして生きるかという意味で、死生観を突き詰める人というのは、決して多くはない。

命が有言であるとしても、それを30代とか40代とか、比較的若い段階で、徹底して追及するということは、あまり一般的ではないが、それが不良であるとも思えない。

幸福度や生きがいという尺度

おそらく、多くの日本人の死生観の軸となっているものの一つに、幸福度というものがあると思う。

幸せか、不幸かということは、様々な場面で問題視されるし、それだけ重要なテーマとして、考えられているということがわかる。

しかしながらどうやれば幸福度が上がるかということは、化学的にもある程度解明されている。

例えば、結婚によって得られる幸福度の上昇は、だいたい2年から3年すると、失われてしまうということがデータとして出ているし、むしろ犬を飼うことの方が、長期的には幸福度は継続的に上げることができるということも、明かされている

それ以外にも結婚しているかどうかよりも、友人が多いかどうか。

更に言えば、1.5キロ以内の近所に住んでいる友人の数が、特に重要であることも判明している。

こういった要因を考えていくと、友人を初めとした人間関係に恵まれているかどうかとか、ペット、特に犬を飼っているかとか、失業者していないこととか、そういったことで幸福度は、ある程度挙げられるということになる。

それ以外にも、ただ単に幸せであればいいということではなくて、生きがいを求める人もいるが、明確な死生観というビジョンを持つに至る人は、かなり少ないように感じる。

特に仕事で建前上の生きがいを口にする人はいても、そこに命をかけられるという人は、やはり少数派であるように感じるし、サラリーマンの場合は、必死に取り組んでいるようであっても、それは責任感や任務の達成の為というよりは、場の空気を読んだとか、自分一人が手を抜くわけにはいかないといった、義務感も少なからず手伝ったいると思う。

少なくとも、仕事を辞めたとたんに、抜け殻のようになり、毎日やることがなくなって、急速に老化が進んだり、認知症になるような人生を送りたいという風には、個人的には思わない。

現状での結論

こうしたことを踏まえて、今現在の私の死生観としては、自分の人生を実験として、捉えることにしている。

海外に移住をしたのも、永住権を取ったのも、フィリピンやタイの不動産に投資をしたのも、急にコンドミニアムを引き払って、ホテル暮らしを1年以上続けていることもすべては実験。

こうした実験を行うことによって、新しい生き方というのを検討できるし、そうした体験によって、よりよいものにブラッシャップしていくことができる。

更に言えば、それを他人に伝えることによって、他の人の参考にもなるし、自分が変わった生き方をしていると、個性的な人が周りにも見えてくるので、結果的に苦縦貫が生まれてくる。

自分の人生を大事にしすぎるのではなく、かと言って軽んじるのでもなく、いかにしてバランスを取るか、ということを考えた時に、実験として捉えるというのは、ちょうどいいように感じている。

それなりにフットワークが軽くないと、データは取れないし、かと言って、破産するようなことをしたら、継続性がなくなる。

そういった目で見てみると、人生というのは、とても面白い。



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執筆者、伊田武蔵
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