社会生活が向いていなくても何の問題もない


協調性とか、対人コミュニケーション能力とか、そういった要素に欠けていて、所謂社会生活が向いていないという状態であっても、それによって申告な問題が生じるかというと、必ずしもそうではない。

むしろ重要なのは、どのようなライフプランを練るかということ。

例えば、組織に属して働くのに向いていない性格なのに、サラリーマンとしてガチガチの組織人になって生きていこうというのは、さすがに無理がある。

これは働き方に問題があるだけで、必ずしも社会生活が送れないということが、人生に致命的な影響を及ぼすという意味ではない。

例えば、個人事業主であれば、同僚や上司や部下との関わりというのは、必然的になくなっていく。

そして、多くの人が誤解していることだが、起業家や経営者というのは、必ずしもサラリーマンの進化系というわけではない。

特に個人事業主の場合で言えば、サラリーマンには全く適正が合っていない人が成功する例も多く、会社員としては出来損ないとか、不適合のレッテルを貼られていた人が、意外にも大きな仕事を成し遂げたりする。

実際私の個人事業主を見ても、サラリーマン時代は不遇な目に合っていたとか、あるいは社会生活が向いていなかったとか、そういったエピソードを持つ人が多い。

逆に言えば、組織の中でしか生きられない人が多く、他人に管理してもらわないと仕事を進められないとか、少しのリスクであっても、自分で背負うことができないとか、あるいはその他大勢という括りの中に入っていないと不安で仕方がない人というのもいる。

我々の多くは、学校生活を通じて、いかにして社会の中で歯車として溶け込んでいくか、ということを叩きこまれているし、異端者というのは、抑圧されるように育てられてきた。

しかしながら実際の社会に出てみてわかることは、その他大勢でいるということは、所詮それだけの人生しか送れず、そしてそれは今後の世界において、必ずしも恵まれたことではないということ。

特に日本の場合は、これから経済が縮小していくわけなので、普通の人はただ単にジリ貧な生活を送っていくだけということになる。

それで満足であれば問題はないが、そうでないのであれば、わざわざ社会生活に向いていないという性格を直すことよりは、もっと自分の強みを生かすことを、考えた方がいいのではないかという風に感じる。

社会生活には複数の意味がある

家庭も会社組織も、あるいは近隣との付き合いも、全て社会生活の一環ということになるが、それぞれの状況において、求められる役割も能力も違ってくる。

例えば、サラリーマンとしてはエリートであるものの、家庭が崩壊しているということはよくある話。

人間の精神力とか、意識に上限があるのであれば、仕事にそれを費やしている人ほど、どうしても家庭とか、その他のプライベートの部分がおろそかになってしまうのは仕方がない。

あるいは、ビジネスをバリバリやっていても、近所付き合いがなく、周りからは煙たがられているとか、マンションの組合では陰口を叩かれているとか、そういったこともある。

家庭ということを取っても、家族がどのような性格なのかによって、求められる振る舞い方というのも違ってくるし、結局のところ完全に社会生活に向いている人というのもいないし、逆に向いていない人というのも存在しないことになる。

確かに会話力であるとか、人当りの良さとか、人間が好きか嫌いかといった性格であるとか、そういったところによって、ある程度まで社会生活が大まかに向いているかいないかということはあるにしても、最も重要なのは、性格を強制することではなくて、自分に合った生き方をすること。

ある意味、歴史上の偉人であるとか、あるいは、経済界でもビックスターと呼ばれるような、スティーブジョブズのような人物を見ても、ほとんどはまともな社会性は有していない。

例えばスティーブジョブズの場合、子供ができても認知せず、裁判まで起こされて、DNA鑑定で、当時の鑑定は今ほどの確立ではなかったにしても、90何%の確率でジョブズの子供であるということが証明されても、100%でないのであれば自分の子ではないと言い切ったという逸話があるほど。

更に言えばジョブズは、同僚や部下を平気で使い捨てるとか、そういったエピソードも残っているが、それでもカリスマとして、世界中から尊敬を集めている。

しかしもしも、スティーブジョブズがまっとうに会社員として、1から働こうとしたところで、単なる生活破綻者として蔑まれて、終わっていたに違いない。

融通がきかないとか、他人の言う事に耳を貸さないといった、一見すると短所になるようなことも、生き方によってはむしろ長所になる。

問題は、多用な働き方や、生き方があるということを理化せずに、数少ないサラリーマンという既存の型に、自分を無理矢理あてはめようとすること。

その考え方を辞めない限り、息苦しい生活から、逃れることはできない。

一切人と会わなくてもビジネスができる時代

私の場合、もうすでに7年以上独立してから経っているが、基本的に仕事で誰かに会わなければいけないということはないし、それどころか、電話をするということもない。

というよりも、そもそも私はもうすでに電話を持っていない。

正確にはiPhoneを所有はしているし、旅をする時も持ち運んではいるが、SIMを入れていないので、電話としての機能はは存在していない。

別にこれは、SIMの昨日が壊れているわけでも、どこかの国で買うのを忘れたわけでもなくて、ただ単に不要だから。

以前はちゃんとSIMを入れて、電話としても使っていたこともあるが、勝手にこちらの都合を考えずにかかってくるのも邪魔くさいので、SIMを抜いてそのままにしてしまっている。

プライベートの友人たちとも、連絡を取る時は、メールやFacebookのメッセージを使っているし、それで十分。

そして、取引先との連絡というのは、ほとんどないし、顧客と会わなければいけないとか、そういったとこも特にない。

ということで、基本パソコンの前に居れば、仕事が完結してしまう。

生活を手に入れることができた。

もちろんパソコンの前に居ればいいというのは、ただ単に時間が過ぎるのを待てばいいという意味ではなくて、やるべきことをやるという意味ではあるが、対人コミュニケーション能力とか、そういったものを求められることはないし、社会生活に向いていなくても、何ら支障はない。

むしろサラリーマンとしては、あまり関係のない能力の方が、自営業においては、求められることになる。

例えば、上司の目がなくても、仕事を投げ出さないとか、こういったところというのが、1人で仕事をしていく為に必要なことであって、会話力とか、面白い事を言う起点とか、そういったものがあっても意味がない。

結局のところ、私もサラリーマンとしては適正はなかったものの、自営業としては何ら問題なくやっていけるし、その方が当然ながら収入も数倍に増えた。

結局のところそんなもので、不向きな職場で消耗していくよりも、さっさと自分の活躍できる場所に移ってしまった方が、いいのではないかという風に感じる今日この頃。



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執筆者、伊田武蔵
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