出社拒否寸前から世界を飛び回る生活に人生が一変


かつて勤めていた会社は、上司からのパワハラが日常化していて、出社拒否寸前の状態にまで追い込まれた。

事実として、私の先輩社員も何人も退職しているし、後輩社員の中でも数ヶ月で辞めてしまった人もいる。

そしてそういったことが全く疑問にならないぐらいに、劣悪な労働環境だった。

上層部がそういった事実を知らないわけではなく、あえて放置することによって、社員をコントロールしている節もあったので、状況が改善されていく見込みも全くなかった。

そんな状態で、出社拒否が現実的な選択肢になりつつある中で、唐突にリストラされた。

良心的な会社のように30日以上前に通告がきて、それから退職という形ではなく、実質的には会社都合の退職ではあったが、退職届を書かされ、自己都合ということで処理をされた。

KOされる寸前にセコンドからタオルを投げ込まれた気分なので、助かったという気持ちも正直あった。

そのため、特に抵抗することもなく、すんなりと会社を辞めたが、ひどい話と言えばひどい話だった。

しかしながら、職を失ったという不安よりも、ようやく上司から解放されたという喜びの方が大きく、次の職探しに向けて動くための焦りというものもなかった。

というのも当時は、既に副業を始めていたこともあって、別に会社からの収入が途絶えたからといって、生活をしていけるレベルにはなっていたから。

更に言えば、あと数ヶ月で給料を上回る見込みというのは、明確に立っていたので、その時には自分から退職しようと思っていた。

予定が早まったというだけで、これまで残業が終わった後の平日や、あるいは土日しか使えなかった時間を、フルに自分のビジネスに使えるということで、加速していく自信もあったし、出社拒否を考えるほどの状態だったので、悔いはなかった。

結局それから数年経って、自宅を持つ必要もなく、世界のどこにいてもビジネスができるようになったので、あちこちを転々としながら暮らしているが、この生活にはサラリーマンを何十年続けても、どれだけ血の滲むような努力をしたとしても、到達できなかったという確信がある。

そう考えてみれば、あの時に早々に会社を辞めてしまったのは、間違いではなかった。

もし仮にそこでしがみついてしまっていれば、収入は減り、自由度は更に狭小化することになるはずだった。

簡単にまとめれば、出社拒否寸前からいつでもどこにでも、旅をできる生活に移行したことになるが、結局のところそこの間には魔法のような方法があったわけではなく、ただストイックにビジネスに打ち込んできたというだけ。

ただ、そのビジネスの設計の仕方が、自由をいかにして得ることができるかというところに着目をしていたので、売上や利益のみを優先していただけではなく、その点が通常の起業家とは違ったところ。

ほとんどの起業家は、ビジネスの拡大を重要視している一方で、時間に余裕を作ることや、好きな時に旅ができるような自由を獲得するということについては、あまり考えてはいない。

確かに起業当時というのは、そもそもビジネスを軌道に乗せること自体に、エネルギーを使うべきなので、余計なことを考えるべきではないというのも一理あるが、仕事だけが人生ではないということを考えると、いかにしてビジネスが発展した場合に、自分の理想となるような生活を結び付けられるかということは、最初から計画しておいた方がいいように思う。



メールアドレス

よく読まれている記事

1位:世界一周を日常に変える方法

2位:【無料】海外移住オンラインセミナー

3位:パワハラ・リストラからの人生逆転















本当に伝えたかったこと


メールアドレス
取扱い上の注意
執筆者、伊田武蔵
伊田のこれまで
カテゴリー
人気記事

ページの先頭へ