執着を捨てる方法を実践してみた結果


いかにして、執着を捨てるかということは、精神を自由な状態に保つために欠かせないものとなる。

具体的な方法と、その結果起きたことについて、ここではまとめておこうと思う。

特に今回執着の対象となるのは、人と物とお金の3つの要素。

経営に必須と言われる、人、物、金と、ちょうど重なる結果となったが、それは特に深い意味はない。

これら3つに精神的に縛られることによって、余計なストレスを抱えていたり、あるいは思考が制限されてしまって、本来であれば、取るべき選択肢が取れなくなっていたりする人は多いのが実際のところ。

そういった束縛から、執着を捨てることで、どのような方法で自由になることができるか、ということについて見ていきたい。

足るを知る為に

まず、執着を含めた人間の欲求の根源の一つに、欠乏感への恐怖というものがある。

何かが足らないことによって、人生がうまくいかなくなったり、もっと極端なことを言えば、生存の危機に瀕したりするという本能を、生き物は生まれ持っている。

例えば、現代のように、飽食の時代になっても、人が食べ物に執着し、過剰に食料を接種してしまうのは、食べられなかった時代が圧倒的に長く、常に栄養不足と人類やその他の動物が戦ってきたため。

しかしながら現代においては、様々な物が溢れかえっており、猿に近い脳の使い方では、うまく対応できないことが増えている。

そこで、執着を捨てる方法の一つは、何が足りていて何が不足しているかを、冷静に分析すること。

例えば、お金への執着であれば、自分が送りたい生活がどのようなもので、それに対していくらのコストがかかるかというのを、算出してみるのも一つの方法だし、望んでいることが本心で求めているのか、それともマスコミを始めとした、様々な価値観のすり込みによって、錯覚しているだけなのかということを、見極めるのも役に立つ、ただ単に頭の中で考えるだけでは、答えが出ないのであれば、小さく体験してみるというのも1つの方法。

例えば、豪華客船で世界一周のクルーズに出たいという願望を持っていたとしても、短距離のクルーズを体験してみたら、意外に魅力がないとがっかりとすることもあるはず。

これだけでも随分と、お金への執着は薄れる。

他にも、フェラーリを所有したいと思っているのであれば、レンタルでも何でもいいので、一度フェラーリに乗ってみるとか、そういった小さな体験に投資をして、テストをしてみると、意外に自分の願望というのは、強くないことに気付くことも多い。

人間関係への執着が強い人の場合は、今いる周囲の人の中で、本当に好かれたり、信頼されなければいけない人が誰なのかをピックアップしてみたり、あるいは既存の人間関係を捨て去った場合に、どのような不都合が生じるか、ということを考えてみると、意外に問題がないことに気付くかもしれない。

物への執着にしても、出需品なんていうのは、ほとんどないわけで、実を言うと、身の周りのほとんどの物というのは、不用品とまでは言わないが、贅沢品であることに違いはない。

しかもそこで言う贅沢というのは、本当の意味で満足をもたらしてくれるわけではなく、ただなんとなく置いてあるだけということも多い。

私の場合、持ち物を極端に減らして、スーツケース1つに全ての所持品をまとめて、1年以上旅をしてきているが、実を言うとそれでも困らないという事実がある。

足るを知るということを覚えると、身の周りに必要なものなどほとんどないということがわかり、結果として、執着を捨てることに繋がった。

人間関係にしても、多くの場合は惰性でなんとなく付き合っている人が多いので、海外に移住したりして、音信不通になった人もたくさんいるが、ほとんどの相手とはそれでも全く困らない。

そして、縁が切れて困るような相手とは、時々連絡を取ればいいだけの話なわけなので、実を言うと、こだわる必要がなかったという事に気付いた。

執着をどこまで捨てられるのか

何事にもこだわらないというのは、仏教用語では空(くう)と呼ぶが、こういった心境に至るというのは、よほどの修業をしない限りまず無理な話。

出家しているお坊さん達であっても、実際に空の状態に辿り付ける人はごく一部だろうし、悟りを開いた高僧でもない限り、そんなことは期待できない。

そういった意味で、全ての執着を捨てる方法というのは存在しないし、仮にあったとしても、我々一般人がどうにか体得できるようなものではない。

そう考えてみると、こだわりは0にするものではなく、余計なものをそぎ落としていくのがベストということになる。

私自身を振り返っても、持ち物を減らしたり、人間関係を整理したりはしたものの、居住環境への執着というのは全く捨てられていないし、捨てるつもりもない。

むしろそこにこだわっていくのが、私のライフスタイルだと思っているし、それを改める必要性も全く感じていない。

結局のところ、最も重要なのは、誰かのお仕着せの価値観で、執着をするのではなくて、本当に自分自身が望んでいることに、意識や時間といったリソースを使って、生きていくこと。

それは簡単なことのように思えて、意外にも難しかったりする。

というのも、人間の欲望のほとんどは、他人やメディアに煽られて生まれたもので、本能的な素朴な欲求で暮らしている牧歌的な時代など、もうとっくに終わっているから。

そういった意味で、無意識なまま脳内を他者に染められてしまうということは、極めて当たり前のことになってしまったし、そういったものからの束縛や執着から解放されるということは、自分自身を冷静に見つめ直す内観と、小さなテストをしてみるという行為を通して行われることになる。



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執筆者、伊田武蔵
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