旅するように暮らし、暮らすように旅する生活を実現【体験記】



旅するように暮らし、暮らすように旅するというのは、
日本から初めて出た時にぼんやり願ったことだった。

当時は単なる夢想のレベルの話でしかなかったが、
今ではそれを地に足の着いた現実に変えることができた。


初めての海外は、
持ち合わせたなけなしのお金が尽きるまで
ヨーロッパを旅するものだった。

派遣社員としての先の見えなさにうんざりし、
正社員としてどこかに就職しようと思ったが、
その前に一度海外にでも出てみようと考えた。

就職前の束の間の自由だ。

新卒として就職しなかったため、
新入社員研修も受けられず、
入れる会社も大きく制限される。

そんなデメリットを打ち消してくれるメリットが、
最後に1つぐらいは欲しかった。


時間は際限なくあったが
資金が限られていたので、
1つの街でゆっくりしていることはできない。

イギリスを起点に、
ベルギー、オランダ、ドイツ、フランス、
スペイン、ポルトガル、オーストリア、ハンガリー、
イタリア、ギリシャと駆け足で回った。


この時に思ったのは、
もっとゆっくりそれぞれの街を楽しみたいということ。

暮らすように旅ができたら、ということだった。

たしかに観光スポットとされる場所はどこも魅力的。

ただ、それぞれの街並みに感動した身としては、
もっとゆっくりその街を味わいたかった。

実際、目的地である教会や大聖堂、美術館まで
行く途中の道のりが自分でも信じられないぐらい、
それまで海外なんて興味もなかったのが嘘のように
心が踊ってしまったのだから。


「日本は先進国だし一番住みやすそうだけど、
一生に一度ぐらいは海外に出てもいいだろう」
ぐらいに思って旅に出たら、
すっかりヨーロッパの街並みに魅了されてしまった。

この旅がなかったら、
海外に移住するなんて発想もなかったはず。

きっと、今でも世界は住みづらくて
面倒な所だと思っていたのだろう。




日本に戻ってから就職して、
旅行に行くので有給を取りたいなどとは
間違っても口にできない環境になった。

頭にネクタイを巻いて宴会スタイルで出社するよりも
ありえない言動だ。

そんな中で、
暮らすように旅をするなどという願いは
絵空事としてあきらめてしまった。

空を飛びたいとか、
透明人間になりたいというレベルの
突飛で夢見がちでどうでもいい話のように感じてしまった。

まして、旅するように暮らすなんて、
実現までの道のりすら想像できなかった。



しかし、今の私の旅を見てみると、
そんな願いが実現している。

今はラオスの首都、ビエンチャンにいる。

今回の旅は約半月の旅程なのだが、
出発する3日前まではどこにいくかも決まっていなかった。

というのも、香港の投資勉強会に行くことは決まっていたのだが、
その後は完全に自由だったので、
どこにでも行けた。

その旅程が決まったのが3日前だった。

ちなみに、シンガポール→香港→マカオ→バンコク→
ウドンタニ→ビエンチャン→ルアンパバーン→
ビエンチャン→ウドンタニ→バンコク→シンガポール
という道のりになった。

そして、旅が始まってからも観光に終始するわけでもなく、
その街のカフェでのんびりしてみたり、
リゾートホテルを満喫したりしている。

昨日までいたルアンパバーンという街では、
2日目の朝から雨が降っていたのでホテルでくつろぎ、
そのままホテルで過ごそうと思ったら
昼に予想外に雨が止んだので街に出たが、
どちらだとしても困ることはない。

晴れても雨降りでも、素晴らしい時間を過ごせた。

ちなみに、このルアンパバーンというのは
本当にいい街だ。

これほどに心が洗われた旅は初めてだった。

人の穏やかさ、温かさは世界でもトップクラス。

のどかな環境や美味しい食事、リゾートホテル。

くつろぐには最高の環境だった。

観光スポットも滝や洞窟、寺院等があるのだが、
それだけでは説明不能な良さがこの街にはある。

のんびりくつろぐのに最適というのが、
ルアンパバーンの本当の魅力だと思っている。



ルアンパバーンの素晴らしさを語ると話が終わらないので、
話題を元に戻そう。

今の私には仕事とプライベートの区切りもない。

旅にもパソコンは持っていくので、
気が向いた時には開く。

ルアンパバーンには郊外に
クアンシーの滝という名所があるが、
帰りのトゥクトゥクの出発まで時間があったので、
滝を見ながら仕事をしたりもした。

もしパソコンがなければ
ヒマを持て余してしまっていたのだろうが、
そんな環境で仕事ができることを
楽しむことができた。



実は今も、ブッダパークという郊外の場所に向かう途中だが、
バスの乗り換えの時間を使ってこのメールを書いている。

他の乗り換え客は退屈そうだが、
どこでも仕事ができる環境があるおかげで
こんな時も充実した時間が過ごせる。

忙しくて仕事に追われているわけではなく、
単純に旅も仕事も生活の一部として
分けへだてのない存在になった。

だからこそ、旅行中だから仕事はしないとか、
帰ったら旅行中の分も頑張ろうとか、
そういった区別が意味を持たなくなっている。


もしも今、
時間を持て余しているだけなら、
こうして文章を書いているよりも
満足度は下がっただろう。

いつでもどこでも仕事ができるというのは、
単純に収入が増えるというレベルの話ではなく、
人生の質を上げてくれる。

自分が仕事をしたいと思った時に、
それが叶うのだから。



暮らすように旅をすることができるようになった今、
旅をするように暮らす生活にも近づいている。

これから先の数年は、
1年を目安に各国を転々とする予定。

最初はジョホールバルで2年過ごしたが、
次はフィリピンのマニラ。

そして、またその次へと・・・

ますます旅と生活の境界線はあいまいになっていく。



場所の自由を得ることで、
このような生活が可能になった。

ただ、それを心から切望していたかと言われれば、
そうではなかった。

私がサラリーマン時代に望んでいたのは
(主にパワハラによる)苦痛からの解放であって、
今の生活は望む以上のものが手に入っていたことになる。


思えばサラリーマン時代という
願いも望みも失った時期の前には、
こうした生活を「いつか」送れたらと願っていた。

それでも、30過ぎでこんな生活を送れているとは
予想しなかったが。



他人と違う道を選択することに
不安がなかったとは言えない。

ただ、違いを受け入れる選択をしたことで得られた対価は、
希望した生活の2回りは上をいくものだった。




【追記】
旅をするように暮らし、暮らすように旅をするというのは、
ある意味で過去の話になってしまった。

今はマニラの自宅を引き払って世界一周中。

つまり、もはや旅をすることと暮らすことが一致して、
分けることができなくなった。


どのような道筋で回っていくかも決まっていないし、
期間も未定。

何より、終了後の身の振り方も未定。



世界一周中も依然として仕事は続けているし、
あとは住む場所をどこかの国に固定するのか、
世界一周後も旅が続くのか、
どちらにしても対応できるから。


旅をするように暮らすというところから、
もはや旅と暮らしが一致するようになった。

こうした生活をしていると、
どんどん各国のビザの知識が積み重なっていく。

数年前までは、
日本から出国した経験もろくになかったのに。



初めてのヨーロッパの旅の時に感じた初期衝動は、
時間差の後に東南アジアでまずは実現した。

そして、その後は範囲をオセアニアやヨーロッパ、北米に広げ、
今や旅するように暮らすことも、
暮らすように旅することも混ざりあった。

そこには日本のパスポートの力もあるし、
通信技術の発達や移動コストが下がった時代性もある。


ある意味、これまでのどの時代よりも自由に生きられる今、
どうやって生きるかはあなた次第。

そのためには働き方を見直したりする必要はあるが、
十分その手間に見合うだけの価値はあるだろう。



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執筆者、伊田武蔵
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