家を捨てて日々旅暮らしを送って2年半が経過



旅暮らしをスタートしたのは、
それまでの人生の積み重ねによる必然だった。

ある日急に思い立ったわけではないし、
資金が尽きるまでバックパッカーになろうとしたのでもない。

継続可能な状態を作った上で、
日々の生活を変えることを決めた。

どこか特定の国に住むのをやめ、
自宅も持たずに生きていくことを。


初めての海外旅行は
手元の資金が尽きるまでヨーロッパを周遊するものだった。

結果として2ヶ月で帰国することになったが、
あれも短期の旅暮らしと言えなくはない。

ただ、今のように持続可能なものではなかった。

現在は収入を得ながら各国を周っているし、
旅費・生活費よりも収入のが方が多い状態。

つまり、お金が尽きるまでの道楽ではなく、
好きなだけ続けられるようになった。


自宅は必要なのか?


日本を出てマレーシアで暮らし、
その後はフィリピンで生活していた。

海外で3つのコンドミニアムを借り、
移住というものが日常になっていた。

どこかの国に永住しようという意思がないのは、
日本を離れたときから変わらない。

まだ30代なので、終の棲家を探すには早すぎる。


フィリピンのコンドミニアムは1年契約で、
途中解約をしても原則として家賃は1年分支払う義務がある。

更新期限が近づいてきた時、
日々次の動きを模索するようになった。

次はどの国に住むのか?

単なる願望レベルの話ではなく、
ビザの必要性の有無や取得の可否も含め、
地に足の着いた計画が必要になる。


そして得た結論は、定住生活から旅暮らしへの移行だった。

つまり自宅を持つことなく、
ホテルを寝床として利用していく生活。

そんな人生を送ることになるとは思っていなかったが、
ビザのことを考えれば合理的な選択。

幸い、私には学校に通う年齡の子供もいないので、
教育のことに頭を悩ませる必要もない。


我が身一つで決断できる身軽な立場だし、
ビザの問題をクリアできるというメリットを考えると
旅暮らしはもっとも妥当な選択に思えてきた。

その思いは日々募り、
コンドミニアムの期間が満了して部屋を出た後、
実行に移すことにした。


各国を気楽に周るなら

アムステルダムからベルリンへのフライト
日本のパスポートは世界有数の信頼度で、
ビザなしで入国できる国の数では
おおむね3位から5位の間で推移している。

一位はたいていドイツだが、
入国可能な国の数の違いは3つ程度なので
実際問題としては大した差ではない。

もっともドイツ人はヨーロッパの大半の国、
シェンゲン協定加盟国なら無期限で自由に行き来できるため、
半年で90日以内という制約を課せられている
日本のパスポートよりもその点だけはうらやましい。


とは言え、大抵の国にはビザなしで入国できる以上、
観光客としてまずは訪れ、
滞在期限がすぎる前に次の国へ移動。

これを繰り返す旅暮らしなら
煩雑な手続きをしたり、大使館に行ったりして
ビザを取得する手間を掛けなくて済む。

「ムーミン」に出てきたスナフキンのような毎日だが、
まさかの現実になった。


物のない暮らしとの違い

旅暮らしを送る条件として、持ち物が少ないことは必須。

家財道具を含めた標準的な日本人の所有物を持って
移動するということになれば、
キャンピングカーぐらいしか選択肢に入らないだろう。

そこから大幅に減らすとしても、
飛行機に搭乗するたびに荷物を預けていたら、
どこかで荷物が迷子になるロストバゲージが起こる。

これはこちら側の責任ではなく、
航空会社のミスなので防ぎようがない。


ロストバゲージによるトラブルを避けるには、
そもそも荷物を預けないのが一番。

そうなると持ち込み可能な範囲に荷物を減らすことになる。

多くの航空会社は10キロ以内としているため、
その範囲に。

これなら街中を移動する時にも、
岩のように重いスーツケースに悩まされる必要がない。


ということで、
旅暮らしの前に荷物の選別を図った。

もっとも、マレーシアやフィリピンに移住する際も
不要な服等の持ち物は断舎離していたため、
これも初めての体験ではなく、
おかげでスムーズに進んだ。


結果、スーツケースの重さを含めて
約10キロに持ち物を圧縮することに成功。

ただ、よくあるミニマリストと違うのは、
私はがらんとした物寂しい部屋で暮らしているわけではない。

ホテルには家具をはじめとした備品があるし、
絵画も飾ってある。

デザインも様々。

日々旅暮らしをしていると
毎日新鮮な気持ちでいられるし、
不便することもない。


非日常を日常に

台北の行天宮
今が大きな変化の時代であることは
もはや議論の余地がないだろう。

これから10年、20年で人の生き方や働き方は
さらに大きく変わることが予想される。

人工知能やロボティクス、フィンテック等は
人生のパターンを変えるだけのインパクトがある。


そうなると、変化への耐性が重要な要素になってくるが、
旅暮らしは本来なら非日常の旅という時間を
日常に変えているもの。

次にどのホテルに滞在するか、
どの国に移動するかを日々決断することになる。

時には国際情勢が変わったり、
ビザの制度が刷新されるといった変化への対応も必要。

こうした変化を受け入れながら、
流れを読んで次の一手を打つのは日常になった。

日々新しい局面に望んでいるのだから、
安穏と同じ街で暮らしていた頃よりも
スピード感を持って動けるようになった。


1年半の旅暮らしの後、部屋を借りてみて

セブの中心地から徒歩3分のエリア
こうしてホテル住まいを1年半続ける中で、
世界一周をしてみたりもした。

そして、ある時にセブでコンドミニアムの部屋を借りることにした。

永遠に旅暮らしをしようという意識もなく、
ずっと同じ人生を送る必然性もなかったため、
たまには違う毎日を送ってみようかと。


それまでにもセブは訪れていて、
住みたいエリアを探して挫折したこともあった。

この時には運良く住みやすそうなコンドミニアムが見つかり、
そこでしばらく過ごすことにした。

旅暮らしも1年を超えると惰性になるもので、
むしろ自宅のある定住生活の方が新鮮に感じられた。

せっかくなら動きを止め、
当面はセブから出ないで過ごそうとしていたが、
結局各方面からの誘惑も多く、
日本や香港、インドネシア等に飛ぶことになり、
毎月どこかに足を運んでいたが(苦笑)。


再び旅暮らしに

ドナウベントの一角、センテンドレの広場
セブの自宅も契約期間が迫ってきた時、
もう迷うことはなかった。

再び旅暮らしに戻ることは、
早い段階で決めていた。


考えてみると、
初めて自宅を持たない生活をすることを決意したのは
マニラで生活していた時期。

旅暮らしを中断した後、再開が決まったのはセブ。

どちらもフィリピンの街。

この国は永住権も取ったし何かと縁が深いが、
転機を迎えるきっかけになっている場所でもある。


セブを去った後、
毎年恒例になっている欧州3ヶ月の旅に出たり、
今後住む場所の候補を探すために
台湾を縦断したりしながら1年が過ぎた。

今後も、旅暮らしと定住生活を
交互に続けることになりそうな予感がする。

もちろん、その方針にこだわる理由もないし、
よりよい選択肢が見つかれば方針転換もあるだろう。


ただ言えることは、
自宅を持たなくても生きていけるし、
意外に不自由ないものだと身体感覚で理解できたのは大きい。

人生の流動性を高めることができたし、
想像以上に大きな振り幅を持った許容範囲が
生きていく上で設定されていることが分かった。


次に自宅を持つとしたら、
台湾かタイが今のところ有力候補になっている。

特に台北、高雄、バンコクあたりだろう。


ヨーロッパでも住みたい国は複数あるが、
ビザの問題を考えるとなかなか難しいところ。

ビザを取ってオランダかドイツに住む方法もあるが、
旅暮らしをしながら焦らず考えていこうと思う。



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執筆者、伊田武蔵
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