タテ社会の人間関係が根本的に肌に合わなかった理由


部活や体育会系の会社のようなタテ社会の人間関係は
生理的に受け付けないところがあった。

おかげで部活に励むこともなく、
中学・高校のどちらでも入部早々に幽霊部員になり、
1年で辞めていった。


人付き合いは苦手だし、
社交性が低いのは今でも変わらない事実。

それじゃなくても他人とむやみに関わりたい性格ではない。

それにしても、タテ社会の人間関係は特に嫌いで
組織に属することが好きではない。



この数年で色々な組織を見る機会に恵まれ、
改めてなぜなのかと理由を考えてみて感じたのは、
決定的に年功序列の考え方がダメなことに気づいた。

こう言うと、分かりきったことを新しい発見のように
誇張していると思われるかもしれない。


しかし、私は年齡によってある程度の敬意があるのは
否定すべきことではないと思っている。

それなりの礼儀はあったほうがいいのではないかと。



にも関わらずタテ社会を嫌悪してしまうのは、
分不相応な人間が偉そうにしていることに対する
生理的な拒否反応であるのだと思う。

部活であればたった1年しか年齡も変わらないし、
キャリアは下の学年の方が長い可能性もある。

入部前から競技歴がある人もいるのだから。



会社なら一応役職が上なら
能力を会社から認められていることにはなるが、
実際には無能な上司が蔓延しているのも周知の事実。

そうした中で、
妙に威張り散らした無能な人間の下で関係を作っていくのは
バカバカしい作業にしか思えなかった。

あまりにも非生産的で、
人生の限られた時間の浪費にしか感じない。


だからこそ、もはや憎悪に近い感情すら抱いていたのだろう。



結局、個人でビジネスをするようになって
タテ社会の人間関係から解放された。

私が勤めていた会社の場合には、
直属の上司がパワハラで部下を潰し続けてきた経歴を持ち、
その上の役職者はパワハラ上司のコントロールを放棄して
自分の身の安全だけを考えていた。

当然尊敬などできないし、
二度とそんな環境に戻って働きたくない。

その一心で独立後は仕事を軌道に乗せたことを覚えている。



世の中の会社はそんなところばかりではないし、
フラットな人間関係を
少なくとも建前上は売りにしている会社もある。

ただ、タテ社会ではなかったとしても、
密接過ぎる人間関係はあまり好きではない。

拒絶反応を起こすほどではないが、
緊密な組織に属するという生き方が私は苦手らしい。


そのため、適度に距離を置いておきたい。

一蓮托生のパートナーではなく、
お互いに独立してやっていける中での協力関係とか。

60歳になるまで継続していく企業のようなチームではなく、
期間限定で目的を達成するための組織とか。


そのくらいの距離感でのゆるい人間関係が
自分にとって理想的なのだと最近は思っている。



学生ではないので部活に入ることはないし、
自分でビジネスをしているので会社に勤務することもない。

ただ、妙な力関係で人間関係が動いている組織は身近にある。

たとえばマレーシアに住んでいた頃、
日本人会に所属していた人の話を聞いたら
やはり年齡や勤めている会社の知名度・役職で
上下関係のあるタテ社会ができてくるという。

バカバカしいので、そうしたところに入る気にもならず、
私は海外に住んでいても日本人会に属したことはない。



世の中の大部分はサラリーマンなので、
ついその風習で組織運営をしてしまうのも分かるが、
正直気持ち悪い。

要は単なる会社員に過ぎないわけで、
その中でのエリートが社外でも人の上に立つという発想が
まったく理解できない。


有名企業に勤めていたところで、
彼らが創業したわけでも何でもないのだから。

むしろ社員なんて一人や二人いなくなったところで、
企業組織は何の支障もなく回っていく。

会社側は切りたい人材を法律的な問題で
リストラできなくて悩んでいたりするわけで、
誇りを見出す理由がわからない。



結局、タテ社会が構成されれば
人間関係でイニシアチブを握ろうとする
無益な権力闘争も出てくる。

そんなことに身をやつしてみたり、
そこから離れてへりくだったりするのは
私が望む生き方ではない。

あくまでも個人の単位を尊重しながら、
ゆるゆかな結びつきで生きていくのが理想なのだと感じている。



そもそも国境を越えて場所を変えながら暮らしていると、
妙なしがらみにつきまとわれることもなくなった。

意図していたわけではないが、
結果的に自分に向いた生き方だったのだと思う。


タテ社会の崩壊とこれからの時代の特徴

独立して自力でビジネスを行うようになり、
当然ながら情報収集をしたり、色々学んできた。

その結果として、
かつてのタテ社会が機能しなくなりつつあることが判明した。

分かりやすく言えば軍隊型の組織は、
権威による絶対服従が前提にある。

会社であれば、社長や役職者であることの後光で
自動的に部下が追従してくる仕組み。

部下の人事権を握っていることで、
上司が威張れるというのもこのシステム。



しかし、時代は権威が通じない方向に向かっている。

分かりやすいところでは、
学校や病院、言い換えれば教育や医療の現場の例が挙げられる。

かつては教師であることや医師であることは、
それだけで信頼や尊敬を集める理由になった。

しかし、現代ではどうか?

教師は生徒からはもちろん、
保護者からも敬われていない。


医師の権威は教師ほどには失墜していないが、
患者が自分で調べた知識で反論したり、
専門医の言いつけを破って薬を飲むのをやめたり、
民間療法を優先したりするようになった。



立場による呪縛が解けた結果として、
人は個としての存在や横の関係を重視するようになった。

絶対服従のタテ社会ではなく、
一時的な協力を前提としたアライアンスであったり、
プロジェクト単位での集まりだったり。

もはや権威によって服従させる時代ではないし、
世の中がカリスマよりも身近な人を求めるようになった。


これはタテ社会に生きづらさを感じる
私のようなタイプには朗報。

何しろ今までの下から這い上がっていくルートが
力を失っているのだから。

もっと自由に、個として生きやすくなった。

昭和の名残を引きずる人も多いが、
それが美徳とされるべき時代は終わりつつある。



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執筆者、伊田武蔵
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