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モチベーションを保つ方法【英語版】

2013年6月12日


今日は自信を持って生きることについて話をする。多くの人は他人の方が自分より勝ると自信がなく、臆病になり生きている。他人を祭り上げ、自分のことを卑下してしまうのだ。もちろん、他人の成果や成功を喜ぶのはいいことであるが、あなた自身も十分に魅力的で、才能があるので、あなた自身も褒められるに値する人間なのである。

自分自身を褒めることも必要である。自分のクラスメイトがいかに優れたフットボールプレイヤーであるか、同僚がいかに才能に溢れているか・・・そんなことばかり考えていると、自分の魅力に気付かなくなってしまう。はしかと風疹のようにまぎらわしいものに惑わされてしまう。

あたなは自分がいつもすごいなと思っている人より違うところで優れている可能性が大いにあるのである。他人を偶像化しすぎて、自分を卑下することは全くないのだ。人間は皆、勝る部分もあれば、弱点もあるのだ。自分に自信を持て。

ある町長の話である。彼は集団の前でスピーチをしており、一人の男性の存在に気が付いた。それは自分の妻の元ボーイフレンドである。

その元ボーイフレンドは町でガソリンスタンドを経営しており、町長は妻に「あいつと結婚しなくてよかったな。今頃お前はガソリンスタンドで働かせられていたぞ」と言った。すると妻は「彼と結婚をしていたら、彼が町長になっていたわ」と返した。

自分自身を知るべきである。神は一人一人創っているのだ。それに敬意を払う必要がある。自信を持って話、自信を持って歩く、自信を持って他人と接する。他人はあなたがどのような人間なのか、あなたの行動で判断をするのだ。

声が小さく、他人の目を見て話さないような人間だと、自分に注意をしなくてもいいと他人に言っているようなものだ。言葉より、自分の態度や行動の方が多くを語るのである。他人の目を見て話す習慣を付けろ。相手が自分より教養があるかどうかなど、関係はない。皆、同じ神の子である。どちらかが勝るなどということはないのだ。

姿勢を正し、大きくハッキリした口調で話せ。コミュニケーションの80%は言葉ではなく行動によるものだ。声のトーン、ジェスチャー、表情、姿勢。すべてが大事だ。握手をするときも力強く相手の手を握ることにより、自信があるということを相手に伝えられる。我々の多くは自信がなく、自尊心が低く、自分の本当の姿を分かっていない。

男性は皆王のように、そして女性は皆女王のように振る舞え。傲慢になるのではなく、自信を持つことが大事だ。皆偉大な父(神)の子なのだから、他人がどんないい家系で育ったかなど、気にすることはない。我々は皆生れてくるときに神に名誉を与えてくれたのだ。

ある時、アフリカの王と会ったことがある。彼は自信に満ち溢れていて、彼が部屋に入った瞬間、皆、目を奪われた。彼は国王であることに誇りを持っていた。

我々は皆神の王国を代表していることに気付いて欲しい。偉大な王国を代表する者として、自信がなく行動してはならない。

またある時、イギリスのテレビを見ていた時のこと。番組ではイギリス女王と共に、各国の首脳や有名映画スター、学者など様々な人と共演をしていた。女王は出演者と比べて綺麗だったとは言えないし、女王より頭がいい人も大勢いた。

しかし、テレビに映っている誰よりも女王は自信に満ち溢れえており、高貴であった。それは、彼女自身、女王だということを心の底から理解していたからである。何を持っているのかが大事なのではなく、己を知ることが大切なのだ。

自分は神の子であることを自覚し、己を知ったとき、自分に自信を持つことができるのだろう。女王だって、我々のように朝起きて、あの人の方が私より優れているはと思うことだってあるだろう。

が、そんなとき女王は自分には由緒ある血筋があると自分の立場を再確認し、劣等感は拭い捨てているのだ。我々も神に命をもらった王や女王だと思えば、何も怖くなくなる。もしアメリカの大統領が首脳会談のときに猫背で小さい声で話していたらどう思うだろうか?「アメリカを代表しているのだから、もっとしっかり自信を持ってくれ!」と思うだろう。

神も我々が自信を持っていないと同じように、「もっと自信を持て!」と思っているのだ。自信がなくても、あるように演技をするのだ。なりたい自分を演じることによって、本質も段々と変わっていくのだ。上司から今までやったことのない仕事に抜擢されたとしよう。

その時、未経験で自信が持てないからと言って、できないと言うのではなく、できるように努力するのである。皆ポテンシャルを持っている。神はいずれ、自分が今まで経験したことをないことを与えるだろう。でもそれから逃げるのではなく、自分にはできると信じることが必要だ。神はいつでも味方なのだ。

神から与えられた試練を超えることができたとき、更なる成長が待っている。雇われる身ではなく、会社を経営することになるかも知れない。ベストセラー小説を書くかも知れない。皆様々なポテンシャルを持ち、様々な機会を神から与えてもらっている。ただ、自信を持っていないと、せっかく神から与えられた機会も逃してしまうのだ。

アメリカに移民した友人がいる。彼は裕福でもなく、教養もあったわけではなかった。が、彼はレントゲン技師の仕事の面談をし、こう言った「僕にはレントゲンを使った経験はない。しかし、僕はとても飲み込みが早い。

毎日皆より早く出社し、他の技師の技術を学ぶ。この機械は1週間もあれば使いこなせるようになる」と。そして、経験者をよそに、彼は職に就くことができたのだ。彼には経験こそなかったものの、自信に満ち溢れていたので、面接官を動かしたのだ。自分に自信がある人間は、自分を信じさせることができる、

さらなるチャンスがやってくる。自分を安売りしては決してならない。友人は後に、その機関のマネージャーになった。もちろん、マネージメントの経験はなかったが、自分にはできる。自分は神から能力を与えられたと強く信じていたのだ。彼はできないことを上司に言わず、できることだけを伝えた。彼に自信と、今までの実績が彼をマネージャーになるチャンスを与えたのだ。

フットボールの試合を見ていたときのことだ。対戦チームは接戦になり、次の選手が攻めの攻撃をするか守りに入るのかという場面であった。キックをする選手はこの試合で2度ミスをしていた。そこでコーチはタイムを取り、どうするのがいいのか考えた。

が、それでも決めかねたコーチはキックをする選手に今の気持ちを聞こうとした。すると、その選手はすでにフィールドに立っており、ゴールを見ていたのだ。それでコーチの気持ちは固まり、その選手にキックさせることにした。

結果、その選手はゴールを決め、チームは勝利を掴むことができたのだ。私が言いたいのは、人間誰しも失敗はする。失敗をしたからと言い、諦めて途中でゲームを放り出すのか、それとも次に期待し頑張るのかということだ。

もし、フットボールの選手がコーチのそばにいて、コーチの意見を聞いていたとしたら恐らくコーチにボールを蹴らせてもらえなかっただろう。内心、不安も恐怖もあるだろう。それは当り前である。が、その恐怖を表に出してはならない。

他人にそれを見せるな。常に自信があるように演技をすればいいのだ。神は超えられない試練は与えないのだ。弱音を決して見せてはならない。

私が中学1年生のときのことだ。私はバスケットボールをしていたのだが、とても身長が低かった。そして、地区のNO.1を決めるある試合のときのこと。相手チームの選手は皆大柄で、とにかく私は不安だった。



が、コーチは私にこう言った、「相手は強そうに見えるが、そんなのどうでもいい。お前は世界で一番うまいバスケットボールの選手だと思え。」と。この時に限り、いつもより観客が多く、選手は皆不安でいっぱいになった。

身長が低い私を見て観客は大笑いをし、からかった。私はすぐにでもその場から逃げ出したかったが、コーチはひたすら「大丈夫。自分を信じろ。」と言い続けた。そして私は不安と葛藤しながらも、マイケル・ジョーダンになりきりプレイした。試合後、相手チームを応援していた観客は私の健闘を祝してくれたのだ。

皆ポテンシャルをもっているのだ。大きな声で話し、安売りをせず自分を信じるのだ。自分を信じない人間のことは他人も信じない。皆、神の子で計りしれないパワーを持っていることを信じるのだ。
 
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