経済発展が幸福をもたらすとは限らない


感覚的に考えてみると、経済が発展したりテクノロジーが進歩することによって当然ながら暮らしは良くなっていくわけで、人々は幸せになっていくのではないのかと感じるのではないのかと思う。

少なくとも食べるものがないような状態で暮らしたいと思う人はいないだろうし、インターネットもテレビもなかった時代に戻りたいと真剣に願う人も少数派のはず。

それでいて幸福度の調査等をしてみると30年前と現在とで大きな違いがないということも確認されている。

更に言えばアフリカのマサイ族のような原住民と、アメリカでも上位の5%に入るような富裕層の幸福度というのは、実はそれほどまでに大きな差はないということが確認されている。

これはなぜかというと結局のところ、人間関係が最も精神に影響を及ぼすということからこのような結果が成り立っていると考えられる。

つまり他人と比較してどのような生活を送っているかとか、もしくは他人とどのように結びついているかとか、そういったことが最重要課題であって、実を言うとテクノロジーの進歩自体は必ずしも人を幸せにはしない。

実際、新しい家電等を導入することによって一時的な幸福度は高まるものの、そういったものはせいぜい数週間とか数か月で以前の状態に戻ってしまうということが確認されている。

つまり今のようにパソコンやスマホが普及する前の時代も、実を言うと今よりも不便でありながらも、人々の生活に対する満足感はそこまで低くなかったことになる。

それに対して周囲の人と比べて劣っているという感覚が著しく不幸を感じさせる原因になる。

そのため、ロサンゼルスやニューヨークのような多くの人が住んでいて、尚且つ富裕層向けのサービスも充実している町に住みながらも貧困生活を送っているという人が、世界の中でもトップクラスに不幸を感じているというデータがある。

貧しい農村で細々と暮らしていてもそこまで周囲の人と差がつかないものの、煌びやかな街の中でセレブが消費生活を謳歌しているところを見ながら貧しい暮らしをするというのは、どれだけ惨めなものかは想像することも出来ないものだと思う。

おそらく本人たちにとっては、顔から火が出るほど恥ずかしい思いをしたり、世の中を呪いたくなるような気持になったり、そのような暗い気持ちで日々を暮らしているのではないかと思う。

そういったことを考えてみると、この先どれだけテクノロジーが進化して更に世の中の利便性というのが増したとしても、それによって人々が幸せになれるとは限らない。

実際、日本のような先進国であっても必ずしもみんなが幸せに暮らしているとは言えないわけだし、寧ろスペインやギリシャのような経済が破綻しかかっている国の方が人々がおおらかで陽気であるという不思議な現象も起きている。

こうしたことを考えると、私たちは生き方や人生との向き合い方といった根本的な問題から見直す必要があるのかもしれない。

そしてそれは2000年以上前から哲学者が悩んでいたことで、実を言うと原点回帰のような現象を引き起こすべきなのではないのかと、ふと感じることがある。


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