そばアレルギーのそば屋


決定的な適性のなさ。

それは時として致命的な弱点になる。


たとえば、そば屋を開きたい人がそばアレルギーだったら・・・。

悲劇か喜劇か判断しがたい事態になる。



ネット世界においても、当然ながら適性がある。

適性について論じるには、
まずネット世界を構成する要素が何かを明らかにしておこう。

ネット世界の最小構成要素、それはビット。

二進法の世界・・・の話は今回は関係なくて、
もう少しマクロな視点で見た場合。



ネット世界での情報の種類には
文章や画像、動画、音声などがある。

これらの構成要素としてもっとも大きな影響力を持つのが言葉。

言葉こそがネット世界において
無視することのできない要素となる。


文章も音声も言葉だし、
動画においても多くの場合は言葉が差し込まれる。

画像は言葉を使わないものもあるが、
それだけで大きな行動を決断させることはない。

言葉の影響力を無視して、
ネット世界を生き抜くことはできない。



しかし、日本語を読めない人は意外に多い。

表面的な日本の識字率はほぼ100%。

しかし、文章の意味が理解できない人は
少なからず存在するという事実がある。


たとえばフェイスブックをやっていたりすると、
そのことに気付かされる。

フェイスブックは真剣に読まずに
コメントやメッセージを残していく人が多いので、
文章を読み取る力のなさを露呈しているのをたびたび目にする。

中には明らかに文章の意味を理解していない人も。



たとえば、私が
「下見なしでマレーシアに移住し、
 その後フィリピンに移住しました」
という文章が入った投稿をした時のこと。

「マレーシアにお住まいなんですね。うらやましいです」
とか、ひどいものだと
「タイは住みやすいんですか?」
というものも。

これは日本語が読めない人の例。







もっと分かりやすい例だと、
そもそも長文は読めないというケース。

長い文章を見た時点で閉じてしまう。

私も英語においては同じ症状なので
人のことは言えないが(苦笑)、
これが日本語で起こるとネット世界には不向き。




読む力がない人は書く力も基本的に弱い。

しかも、読めなければ他人のノウハウを正しく理解し、
それを実践することができない。

二重苦だ。



数学を学ぶ時に公式や過去の研究を学ぶように、
ネット世界でも仕組みを作る時には
既存のノウハウを上手に活用していくことになる。

それができないのは致命的。

一切の学問をせず、
いきなりひらめきで新しい発見をしようとする
無謀な数学者のようになってしまうので。



今日の文章もそうだが、
私の文章は基本的に長い。

しかも、直接的な利益を訴えているわけでもない。

「読むだけで儲かる!」
とか
「片手間でチャリンチャリン自動化収入を得る方法」
とか、
そういう言葉で興味を引いているわけでもない。


その状態で毎回長文を読んでいるという時点で、
あなたはすでに文章を読む力はあるということ。

文章アレルギーがある人ならとっくに挫折しているので。


その点においては自信を持っていただければと。

ある意味、世界4大自由倶楽部のメール自体が
一種の試験のようなものなので。

そこを通過しているというのは、
それだけの適性があるということ。


逆に早々に離脱してしまった人の中には、
単純に私と価値観が合わなかった人の他に、
やはりネット世界に適性がなかった人も・・・。

やはりどの分野でも適性はあるので、
離脱者が出るのは仕方ない。

時間をムダにせず
早く離脱した分だけよかったのかもしれない。


彼らが自由を得ることができるかどうかは
厳しい感じがしてしまうが・・・。


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