東大の司書に見る国立大学法人化の影響


国立大学が法人化することによって、どのような影響を受けるのかということが様々なところで指摘されている。

例えばダイアモンドオンラインでは、東大で働く大学職員について特集が組まれていた。

ここで取り上げられているのは図書館の司書で、職員の人数が減るにもかかわらず仕事が減らないということで危機感を持っているということがアマゾンの倉庫の広さががすごいことになっているから読み取れる。

ただし、こういったことはある意味当然で、仕事を減らしたいのであれば減らすだけの仕組みを内部の職員であったりマネジメント層が提案する必要がある。

例えば図書館の職員であれば、そもそも大学ごとに完全に独立している必要性はないわけでどのような本を入荷するかということをオンライン上で情報共有する仕組みを作ることが出来れば、ある程度までは簡易化することが出来るのではないかと思う。

特に東大のように日本の大学を引っ張っていく立場ならともかく、中途半端な知名度で大した影響力もない大学というのは、こういった一部のカリスマ的な大学の後を追っていく形でやっていった方がはるかに効率が良いわけだし、無駄にオリジナリティを出そうと思っても、集まってくる職員のレベルが中途半端なのであればオリジナリティという名のまがい物のような本の選定しかすることが出来ない。

そういったことを考えてみれば情報を共有する仕組みを作って、特に影響力の強い大学に対して影響力の弱い大学がいくらかお金を支払うとか、そういった仕組みを作ることも可能ではないかと考えられる。

このダイアモンドオンラインの記事ではある職員について語っているが、その職員の勤務時間が午前9時からであって、しかしながら実際の勤務体系としては毎日8時30分には出勤していることが書かれている。

これを読んで違和感を感じる人も多いと思うが、通常のサラリーマンであれば出勤時間の30分前とか1時間前に会社にいるということは非常にありふれていて、寧ろ始業時間ぎりぎりに来るのは役員とか、ごく一部の人でしかないというのが一般的な認識だと思う。

こういったところに公務員の異常性というか、これまでのぬるま湯のような体質を垣間見ることが出来る。

更に言うと空気の入れ替えとか掃除とか、そういった明らかにバイトに回せばいいような仕事まで自分たちでやっているということを語っているが、こういった専門職でも何でもないようなことをやっておいて、自分たちの専門性の高さが認められないということを嘆いているということ自体がもはや本末転倒だと思う。

カウンター業務であったり書籍や雑誌の選定であったり、あるいはリファレンス業務であったり、こういった本来司書がやるべき仕事とただの雑用を分けないことによって、彼らの仕事が圧迫されているということを読み解くことが出来る。

こうなってくるとただ単に職場での仕事の割り振りが間違っているだけで、東大の法人化とか国立大学を法人化することとか、そういったところに問題があるのではなくて、もっと別のところに根本的な原因があるのではないかと思わざるを得ない。

ある意味で言うと、そういったぬるま湯体質を叩き直すためにも法人化して、公務員の数を減らすというのは一つの対策として良いのではないかと思う。


よく読まれている記事

1位:世界一周を日常に変える方法

2位:【無料】海外移住オンラインセミナー

3位:パワハラ・リストラからの人生逆転



メールアドレス

ページの先頭へ