役に立たない話ほどウケる


いかにして役立つ情報を発信し続けるのか?

この部分だけで勝負をするのは辛い。

かつて、私もこの罠に陥った。


必死に本を読みあさり、
そこから得た知識を記事にしたり、
自分の経験から役に立ちそうな情報を出していったり。

しかし、それでは差別化ができない。

機能性(役に立つかどうか)だけを追求すれば、
個性が失われていく。

教科書のようなブログが出来上がってしまう。

だからこそ、機能性のみに頼ってはいけない。



ブログの場合、そもそも機能性は追求しづらい。

なぜなら、情報はどの順番で読むかが重要。

数学の授業を思い出してほしい。

中学の勉強をする前に、
高校の授業を受けても理解できるわけがない。

公式を学ぶ前に問題演習をしても意味がない。

前提知識がない状態では、
価値のある情報を受け取っても消化できないのだ。

これはそれぞれの分野で言えること。

物事には順序があり、
読む順番を無視される宿命にあるブログは、
本来的に機能性の面で限界がある。



ある時、私は機能性ではない部分に
ブログの価値があることを見出した。

そのきっかけとなったのは、
私が飛行機に乗り遅れたことを書いたこと。

役に立つ情報は何一つないのに、
多くのコメントをもらった。

その時に、頭の中で知識として持っていたことが
皮膚感覚で理解できた。







役に立たない話でも、感情を揺さぶれば支持される。

特にブログのような軽い気持ちで読みにくるメディアは
この傾向が強い。

面白そうとか、共感できるとか、憧れるとか、
そういった感情を刺激することが重要。

そのためには、
自分の行動や感情を伝えてしまうことが
効果的であることが分かった。



その後は、ブログでは情報が有益かどうか以上に、
感情に訴えかけるかどうかを重要視している。

憧れを感じるライフスタイルを見せられているか、
自分の仲間候補に共感を持ってもらえるエピソードは
描けているのか、
興味を引く出来事はないか?


たとえば、私が海外に旅に出たところで、
本来は個人的な問題にすぎない。

そこで特別なことが起こらなければ、
機能性はないに等しい。

私がタイでトゥクトゥクに乗ろうが、
香港でiPhoneを忘れかけようが、
ジャカルタで電車の上に乗っている人に驚こうが、
シンガポールのドイツ料理に感動しようが、
そんなことを読んでも何の役にも立たない。

しかし、あえて書く。

旅先で何をしているのかを発信する。

それがライフスタイルの一環になるからだ。



中国で現地人から未開封の缶のお茶を投げつけられ、
顔から流血したことがある。

ブログのテーマと何の関係もないのに、
そのことを書く。

興味を引く出来事だからだ。



こうしたことを書いていくと個性が出て、
反応の取れるブログになる。

言い換えれば、ファンが付く。

もちろん、有益な情報も出したほうがいい。

しかし、機能性だけで勝負するのは泥沼だ。



本当の意味で有益な情報を役立つ形で伝えるなら、
それはメールで送る方が向いている。

たとえば、この世界4大自由倶楽部がそう。

順番に情報を送れるため、
適切な形で情報を伝達することができる。


機能性はメールにまかせて、
ブログはまずファンを作ること。

そのためには、共感や興味、憧れ等の
感情を刺激する記事を書くことが効果的だ。


ファンを作れるブログは
この企画でステップ・バイ・ステップで
作ることができる。


ページの先頭へ