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海外移住型ノマドワーカーと呼ばれたくない


場所の自由を手に入れている私は、海外ノマドワーカーとか移住型ノマドと呼ばれることがある。これが不本意で仕方がない。

たしかにパソコン1台で仕事ができるし、実際にカフェで仕事をしたり、旅先で仕事をしたりもする。端から見ればノマドワーカーと何が違うのか分からない、というのもあるだろう。

しかし、私に「海外ノマドワーカーなんですか?」と聞いてくる者があれば、「否!」と即答するだろう。理由は、気持ち悪いから。

本来の海外ノマドワーカーは場所の自由を手に入れた憧れの対象なのかもしれない。しかし、大多数の自称ノマド、もしくはノマドワーカー気取りの雰囲気を出している者たちは、ただの痛い人間にしか見えない。どこかの国に移住したかどうかとは無関係に。

特にひどいのはサラリーマンがノマドワーカーの空気をかもし出そうとている時。場所の自由と無縁なサラリーマンが自由さを演出しているなど、もはや意味がわからない。不自由だからこそのサラリーマンだろうと言いたいし、そんなのは顔をぶつけて鼻血流して涙目になりながら、「痛くねえし」と強がっている中二と変わらない。底の浅い見栄だ。

結局、本来のノマドワーカーの定義が嫌いというよりも、今現在の海外ノマドワーカーを自称する群れの中に入りたくないというのが、私の本音だ。

「スタイリッシュにMacBookAirを操って、スタバで仕事をしてるんですよ。憧れるでしょ?」なんて言いたげな人間を見て思うのは、「貴殿など図書館に毎日通ってる無職のオジサンと変わらない」ということ。そもそも憧れの対象になれるほど本当に場所の自由があるのか、そもそも稼いでいるのか、と問い詰めたくなる。貧乏で場所の自由があるなら、フリーターやニートと変わらない。


ちなみに、私は去年パソコンをMacBookAirに変えた。ある腕利きエンジニアにお勧めのパソコンを聞いた所、これが性能が良いという理由で変えたのだが、このパソコンが海外ノマドを自称している人間の群れに私を混同させる要因にもなってしまった。

というのも、MacBookAirは薄い。持ち運びに便利なだけではなく、スタイリッシュだ。周囲が皆Mac Book Airに変えていったので、もはや何も感じないが、一応世間的にはマックはオシャレ、と言うイメージもある。それを持ってるのだから、そういう風に見られたいと考えるのも分からないではない。

が、私はノマドワーカーではない。そこら辺の自称ノマドよりも場所の自由はすっかり得ているが、だからこそ中途半端な集団と一緒にされたくない。

「お前らと一緒にすんなよ」的な中二病をもっともこじらせているのは、私なのかもしれない点については、一切の議論を放棄する。



肩書きで満足できる気持ち悪い人々

考えてみると、国内外を問わずにノマドワーカーを名乗っている人の多くに感じる嫌悪感は、まったく事業が軌道に乗っていないのにキラキラした笑顔で喜々として名刺を差し出す学生起業家に通じるところがある。

事業を行う手段(器)であるはずの会社を、単に社長という肩書きを得て調子に乗るために使っている人に海外に移住する前から違和感を覚えていた。

法人としての実態はなくても、会社を登記すれば、そのための少しの知識があれば凄そうに見せることができる。たしかに社長という肩書きは、周りの大学生から羨望の眼差しを得る道具として十分な効果を持っていたのは何度か目撃した。

たとえ売上がたっていなくても、経営は赤字だったとしても、「代表取締役」や「社長」という言葉には後光がある。特に法人の仕組みをよく理解していない人には。

ただ、それをいい年して続けるのもいかがなものかと。海外か国内かの違いはあっても、ノマドワーカーであることに価値は感じない。タイやマレーシアの安宿を周り、貧乏暮しをしながら微々たる収入を稼いでいる人を見て、あこがれもない。むしろビジネスの面での危うさの方が気になる。

結果的には、海外のホテルやカフェで仕事をするようになったし、1年半は各国を周りながらホテル暮らしをしてきた。ただ、それはビジネスの基盤があってこそだし、ノマドワーカーを名乗ることに価値を感じてしまう人と同一視されたくないという思いがある。

結局、最初のうちは少数の本物が名乗っていた肩書きも、有象無象が追従するうちにその価値が地に堕ちる。

高級ブランドのように価格で購入者をコントロールしたりもできないため、ある意味でノマドワーカーになるのはハードルが低い。たまにカフェで仕事をするだけで名乗れるのだから。

その入口の広さが、結果的に価値を落とすことにつながってしまっている。



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本当はすべてあなた自身が決めることなのに、
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執筆者、伊田武蔵
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