海外移住から3年、住む家がなくなった


4年前には人並みに物に囲まれた生活をしていたし、
それに疑問も持たなかった。

かつての国内での引っ越しの時には
単身の引っ越しでも引越し業者を呼び、
トラックで荷物を運んでもらっていた。



それが、今ではどうなったか?

家具や家電はなく、住む家すら持たなくなった。

すべての持ち物がスーツケースと手提げのカバンに収まり、
空港で重さを測ったら10.3キロだった。



空港で預入荷物にする必要なく、
手荷物として飛行機に持ち込める範囲に
すべての荷物を圧縮した。


途中の経過を省略すると、なかなか意味不明な話なのだろう。

しかし、順を追って説明すれば
必然性の積み重ねの結果であることが分かっていただけるはず。

とりあえず言えるのは、
破産したとか、そういうことではないということ。




2011年にマレーシアに移住してから、
家具や家電を持つ必要はなくなった。

マレーシアでは、
そしてその後に住んだフィリピンでも
部屋に備え付けられているのが基本なので、
自分で所有する必要がない。

日本国内での引っ越しのように、
部屋の中の物をすべて持ち運ぶことは不要。

そのため、移住と言っても大々的な荷物の移動は不要で、
手荷物だけで移住した。

この時点で私の荷物は大幅に減った。



そして、フィリピンもマレーシアも常夏の国。

夏以外の服が要らない。

おかげでクローゼットのスペースには余裕ができた。




当初は日本から名刺を持ってきていたが、
それも捨てた。

名刺を使って仕事を取る必要もなく、
むしろ仕事は十分すぎるほどあったので。

たまたま会っただけの人に
私の仕事の内容を理解してもらう意味もなく、
そこから仕事を受注しようという気もない。

「社会人なら名刺ぐらいは」という
既成概念を維持する理由もなかった。

事実として持たなくていいのだから、
捨てた方が荷物が減る分メリットがある。

余計な荷物になったので、
フィリピンに移住する際に名刺はすべて破り捨ててしまった。



人からもらった名刺も、すべて処分した。

やり取りがある人はメールの履歴があるから連絡できるし、
名刺をもらったきりになって縁が切れている人は
特に連絡先を残しておく必要がない。




こうして持ち物は自然に減っていったし、
フィリピンの後も別の国に移住するつもりだったため、
意図的に荷物を増やさないようにしていた。

そして、海外生活をスタートして3年後、
自宅を持たずに暮らす時が来た。



当初の予定ではフィリピンから別の国に行く予定だったが、
1年の滞在のためにビザを簡単に取れる国、
もしくはビザなしで1年滞在できる国はほとんどない。

住みたい国は無数にあるものの、
手続きを考えると大変ということになる。

それなら自宅を持たずにホテル暮らしをする方が、
色々な国に滞在できる上に
手続き的に楽ではないかと思うようになった。

これなら観光ビザで入国し、
滞在可能日数が尽きる前に次の国に移動すればいい。



こうして、フィリピンのマカティ地区のコンドミニアムを引き払い、
特定の自宅を持たない非定住生活が始まった。

マレーシアでは一人暮らしなのに3LDKの部屋に住んだり、
マカティでは新築でプール・ジム・ビリヤード台・ダーツ付きの
コンドミニアムに住んだが、
今ではある意味、国際的ホームレスということになる(苦笑)。



行く先々でダンボールを敷ける場所を探し求める必要はなく、
ホテルに泊まれるだけの収入があるのは幸いだった。

地元ホームレスとの縄張り争いや、
夜間の襲撃とも無縁でいられる(笑)。


常に旅費、というか生活費の合計より
収入の方が多い状態は保てているので、
継続的にホテルで快適な国際的ホームレス生活が送れることに。

嬉しいような、名称が不名誉なような(苦笑)。



こうして、住む家を持たない暮らしを始めて
すでに1年以上がたった。

思いの外不便はない。

というより、自宅があった方がいいというのは
幻想であったことを理解した1年だった。

30年以上にわたって、
なくても困らないものを必需品と錯覚していたのだから、
固定概念というのは怖い。



そして、フィリピンのコンドミニアムを引き払う時、
電話も捨てた。

固定電話は住む家がなくなれば持てなくなるが、
携帯も捨てた。


正確に言えば、
写真を撮るための機械としてiPhoneは手元にあるが、
電話機能は使わなくなった。

元々が海外で買ったSIMフリーのiPhoneのため、
それぞれの国で使えるSIMを買わないと
電話としては使えない。

そして、いちいち各国でSIMを用意する理由もない。


もはや電話が要らない私にとっては、
携帯電話の通話機能は不要となった。

こちらの事情に関係なくかかってくる電話より、
メールやスカイプの方が負担が少ないので。

仕事上のやり取りも、
個人的な連絡も大部分をメールに集約し、
時々スカイプを使う程度。

あとは、友人達が世界各国に散らばっているので、
現地に会いに行ったり、旅先で合流したり。

やはり電話より直接会うほうがいい。




こうして振り返ると、
数年で色々なものを捨てたことになる。

シンプルミニマムな暮らしを追求したら
行動範囲はずっと広がったし、
物が減った分だけ様々な体験ができた。

何しろ、世界各国を旅して、
それぞれの国の住み心地の良さをチェックしたり、
呼吸を忘れるような絶景に出会ったり、
その地方の風土を反映した料理を食べたり、
海外特有のトラブルに巻き込まれたり(苦笑)。




こうして住む家はなくなりながらも、
投資用に購入した
タイのプレビルドのコンドミニアムが完成したので
実物の確認のために現地に飛んだりしている。

他にもフィリピンにもコンドミニアムを購入したりと
自分が住むため以外の不動産はあったりする。

すべての荷物で10.3キロとは言え、
不動産やファンド、事業投資等は別にあるため、
資産と荷物を切り離していることになる。


さらに言えば、
フィリピンでは永住権(クオータービザ)、
マレーシアではリタイアメントビザ(MM2H)を取得済みなので、
両国にはいつでも、好きなだけの期間住める権利を確保済み。

日本以外の国にも拠点を持てる体制は整えた。

整えた上で、結局どこにも拠点を持っていない(笑)。



今の私にとって、
住む家はあってもなくてもいいもの。

かたくなに非定住生活を賛美し、継続するつもりもない。

かと言って、自宅がないと困るとも思わない。

どちらでもいいし、一方を永続させる必要もない。

自宅を持つ定住生活と、
各国を渡り歩く非定住生活を織り交ぜてもいい。



両方の暮らしを実践した結果、
そのくらいの軽い気持ちにたどりついた。

経験してみなければ分からないことは多い。

そして、経験が増えたことで見える世界は広がり、
選択肢もずっと増えた。



非定住生活を送るには、
住む場所の自由を確保することは最低限必要。

そして、収入を確保しながら場所の自由を得るとなると
なかなか難易度が高いと思われがち。

こうした場所の自由だけではなく、
人間関係や時間の自由も確保しながら
収入を確保する方法については以下のメール講座で
詳しく語っている。


ページの先頭へ