介護ブログを読んでいて感じた日本の限界


ここのところ、介護に関するブログを読んでいた。

私は海外で暮らしていることもあり、
両親とは離れて生活している。

今後のことも考えると、
そろそろ他人事ではなくなってきたので、
どんな風なのか事例を見たいと思って
ブログをちらほらと斜め読みしていた。



その中で感じたのは、
やはり介護する側の生活は圧迫され、
時には人生を狂わされているということ。

そして、解決策があるのに放置され、
常識や社会通念が優先されているために
閉塞感にさいなまれている人が多いということだった。



まずはブログを読んでいて感じた介護する側の
人生に与える影響について。

人の死はいつ訪れるか分からないし、
要介護状態になった親(義理の親も含めて)が
回復する可能性はそれほど高くない。

つまり、亡くなるまで面倒を見るのが基本になるが、
実質的な無期限ということになる。


職を失うこともあれば、
プライベートの時間がなくなることもある。

介護ブログを読むまでもなく、
その生活がいかに過酷であるかは想像に難くない。

終わりも見えない状態でそれを続けるのは、
どれほどの苦労だろう。



日本では施設や介護の職に就く人が不足しているので、
自宅で家族が面倒を見ることが多い。

核家族化が進んで家族の構成メンバーの人数が減り、
長寿のために介護の期間は長期化している。

こうした環境の変化があるにも関わらず、
親の面倒は子供が見るものという社会通念は変わらず、
それによる圧迫が大きいことがブログからも伝わってきた。


別に親を粗末に扱いたいとは思わなくても、
昔とは環境が変わっていることも事実。

その中で家族が一から十まですべてを負担するのは
現実的とは言えなくなっている。


しかし、それしか方法がないという思い込みが
視野と選択肢を狭めている。

老人ホーム等の施設に入れるのか、
自宅での介護の二択しかないというのが
ほとんどのブログで描かれている選択肢。


施設に空きがなかったり、
経済的なコスト負担ができないために入居させられず、
実質的に自宅で家族が担当するしかないという人も多い。



本当にそうだろうか?

見落としている選択肢はないのだろうか?



インドネシア等から介護の職に就く人を招き、
日本で働いてもらうという試みは失敗したらしい。

その後の進捗状況は知らないが、
おいそれと進んでいきそうな下地が日本にはない。


せっかく安い賃金で日本人が嫌がる仕事を
喜んでしてくれる人が海外にはいる。

しかし、彼らの世話になることを快く思わない人も
日本には多い。

それなら、いっそのこと介護が必要で抵抗のない人は
海外に行ってしまえばいいのでは?

そんなことを介護ブログを読んでいて感じた。



たしかにハードルは低くないかもしれないが、
実際にそうした生活をしている人には会ってきた。

フィリピンならメイドさんを月に3万円ほどで雇えるし、
介護の資格を持っている人もプラス1万円から2万円で
働いてもらうことができる。

その金額で専属で面倒を見てもらえる。


生活コストも下がるわけだし、
こうした暮らしを考えてもいいのではないかと思う。

介護ブログを読んでいると、
本当に苦労しながら頑張っている人が多い。

その頑張りの一部を、
新しい生活環境への適応のサポートということで
親を支えることに使えば人生は好転するかもしれない。



残念ながら、これは両親の性格にもよるので
万能の解決策ではない。

海外アレルギーの場合には難しいだろうし。



現在はまだまだ日本経済はアジアの中では強い。

安い人件費の国に行けば
日本人の感覚では信じられないほど安い賃金で
一生懸命働いてくれる。

彼らにとってはそれでも平均以上だったりするので。



そうした格差を上手に利用することで、
介護の負担を軽減することはできる。

日本語ができるヘルパーを雇えば、
本人が英語や現地の言葉を話せる必要もない。


閉塞感の漂う日本の介護の現状を考えれば、
こうした飛躍も必要ではないかと思う。

それも早い段階で慣れておいてもらうことで、
親の心理的負担も小さくて済む。

とは言え、一筋縄ではいかないことも多いだろうから
容易な解決策とは言えないものの、
検討の価値はあるのではないかと。



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執筆者、伊田武蔵
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