損得勘定で人間関係を考えるのを止めた結果


面倒なのもあって、損得勘定で人間関係を作ろうとしたり、
維持しようとするのを止めることにした。

「自分が先に与える精神でいけば人生がうまくいくんですよ」
という気持ち悪い自己啓発的な発想に切り替えたわけではなくて、
単純に余計なしがらみを切り捨てたという意味で。



元々、損得勘定が頭をよぎるような人間関係は
感情の面では明らかにマイナスになっている。

別に付き合いたいわけではない人と関わっているわけで、
何かの役に立つかもしれないという考え方が
自分も相手も不幸にしているのではないかと。

よくあるのが仕事上の人間関係で、
とりあえず色々な人とつながっておけば
いざという時に助かるのではないかと思いがち。



しかし、実際にはいざという時なんて来ない。

仮にその時が到来したとしても、
私のような他人に物を頼むのが苦手な性格だと
助けを求められるとは到底思えない。


つまり、かりそめの付き合いがあったところで、
何の役にも立たないか、
微々たるプラスにしかならないということ。


そこで、損得勘定を気にしてしまうような相手とは
もう会わないようにした。

タイミング的に恵まれていたのは、
私は日本からマレーシアに移住したので
余計な人間関係から自動的に解放されたこと。



さすがに赤道付近の街にまで用もなくやって来たり、
離れてもしつこくメールを送ってくる人はそうそういない。

ましてこちらが損得勘定で考える人間関係は
向こうにとっても似たようなもののはず。

本当に性格が合うから関わっているとか、
そういうことではない。

整理すればあっさり解消できるような人間関係だった。



では、こうしたことによって困ったことがあったのか?

特に何も思い当たらない。

ストレスや余計なことで消費する時間は減り、
特に何の問題も起こっていない。



幸いなことに、新しく付き合っていける人もできたし、
そこには損得勘定を持ち込まなくてもやっていけた。

マレーシアや、その後に移住したフィリピンで友人ができたし、
私のメルマガを読んで共感してくれる仲間もいる。

わざわざ会いに来てくれる人まで出てきた。



そうなってくると、
目先の損得勘定で時間を浪費する方が人生のムダ使いになる。

世の中には70億人の人間がいて、
日本語を話せる人だけでも、
外国人を含めれば2億人近くいるかもしれない。

それだけの人と潜在的にコミュニケーションを取れるし、
誰かと会話をする以外の時間の活用法もある。

そんな中で、わざわざどうでもいい人間関係を維持するのは
自分の人生の質を下げているのではないかと思う。



分かち合いとか共存のような崇高な理念ではなくて、
単純に邪魔な人とは付き合わない方が楽という話。


そうなって感じたのは、
他人に丁寧に接することができるようになってきた。

単なる損得勘定で付き合う人がいると、
人間関係や人付き合いに対して雑な姿勢が身についてしまう。

相手によって対応を完璧に変えるのも難しいし、
ある程度は接し方の方向性が似てしまうので。



そういう負の意識付けから解放されたことで、
人との関わり方を変えることができたのではないかと思う。

イメージとしては、
会社で嫌な思いばかりしてストレスを抱えた人が
家に帰って家族に冷たく接していたのが、
転職して人間関係が良好な職場に移ったら
家族にも優しくできるようになった感じ。

面倒な人との関わりを整理することは
自分だけではなく周りにも好影響が及ぶと思う。



事実、幸福度が高い人は周囲にもプラスの影響を及ぼし、
逆に幸福度の低い人はマイナスに影響することが
社会心理学の分野で確認されている。

そう考えると、
損得勘定でしがらみを維持するよりも
自分にとって大切な人を大事にして生きていくほうが
自他共に優れた環境で生きられることになる。


仕事によってはしがらみを断ち切ると
自動的に失業してしまうとか、
依頼が入ってこなくなってしまうこともあるので
仕事の選び方はやはり大事だと思う。

この部分は私にとっては運の要素が大きかったというか、
特に計算していたわけではなかったので
ラッキーだったと思う。

他人と関わらなくてもやっていける仕事だったので。

せっかくの環境を活かさなくては。


人は損に注目する生き物

損得勘定をする問題点の1つに、
人間は無意識のうちに得よりも損を大きく評価するという心理がある。

10万円得る喜びよりも、10万円を失う怒りや喪失感の方が強い。

これは心理学でプロスペクト理論と呼ばれるもので、
損失回避の法則と訳されることもある。


たとえば、長かった一日の仕事がようやく終わり、
クタクタになって家路についた自宅を間近にしたところで
あなたに電話がかかってきたとする。

この電話の用件が、
「5,000円を渡すからすぐに来て手伝って欲しい」
という知人からの依頼だとしたら、
断る人も多いはず。

すでに疲れ切っているのに、
報酬が用意されているとは言えもうひと頑張りはつらい。


しかし、電話相手の知人の言葉が、
「あなたの自転車らしいものが盗まれようとしています」
だったらどうだろう?

仮に財産価値が5,000円程度の自転車でも、
思わず現場に向かうのではないだろうか?

これが損失回避を優先するプロスペクト理論。

この心理は個人投資家が勝てない理由の説明にも使われるが、
人間はつい損を過剰に大きく評価してしまう。



人間関係においても、
過去に色々な恩を受けていたにも関わらず、
ちょっとした行き違いで小さな損失を被っただけで
今までの分がチャラと感じたり、
裏切られた気分になってしまったりすることがある。

これは事実とは無関係な感情で、
その感情に従って行動すると貴重な人間関係を失うことになる。


こうした人間の習性を考えれば、
損得勘定を的確に行うのは意外に難しい。

それであれば、
もっと別の尺度で付き合う相手を選んだほうがいいだろう。

一緒にいて楽しいとか、学びになるとか、尊敬できるとか。


常に同じ評価基準である必要はないし、
当然タイミングによって求める相手も変わってくる。

ずっと同じように付き合える友人もいれば、
時期によって距離が離れたり、また近づいたりする人もいる。

それは自然なことで、
お互いに変わっているのだから普通のこと。

個々の人間が変わっているのに、
その間の関係が一定ということはありえない。

分かりやすいのは、
高校や大学時代の友人と社会人になってからは疎遠になったり、
会っても以前とは違う雰囲気になるような場合。

社会人になった後も、
似たような生活を繰り返すだけの人ならともかく、
そうでなければどんどん変化はやってくる。


そして、できることなら常に新しくありたいと思う。

何十年も前から変わらずにたたずむ老舗はほっとするが、
その役割を果たしたいわけではない。

むしろ会うたびに新しい取り組みをしていたり、
今までと違う体験をしてきていたり。

そんな生き方を続けていきたいし、
頻繁に会う友人はそうした人達が多い。

住環境を求めて別の街や国に移住したり、
起業してどんどん突き進んでいたり。

そんな彼らからの刺激が、
私を動かす原動力にもなっている。

そこには損得勘定があるわけではなく、
ただ漠然とした連帯感があるだけ。

四六時中一緒にいるわけではないし、
一緒に起業したりして運命共同体になっているわけでもない。

年に1度ぐらいしか会わない人もいる。

それでも、一緒にいてくれてありがたいと思える人とだけ
関わるようにしたら人間関係でのストレスから解放された。



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執筆者、伊田武蔵
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