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日本語教師へのインタビューを海外居住者がしてみた


海外で暮らしやすい職業の1つに、日本語教師がある。

そこで、現役日本語教師のUさんに求人の探し方や、どんな経緯でこの仕事を始めたのか、必要な資格は何か等、インタビューをしてみたので、以下はその書き起こし。



まず日本語教師とは、ということなんですけれども、日本語教師はその名の通り日本語を教える人で、対象者は外国人になります。

日本で教える場合は日本語学校、これは海外からの留学生が対象ですね。

留学生は日本で、例えば一年とか二年、短期でありますと三か月、六か月、日本語を勉強して国に帰る人もいますし、日本語学校を卒業した後に日本の大学に入りたい人もいます。

ですので、日本語学校はほとんど大学に入るための日本語教育機関ということになります。

生活のための日本語は日本に住んでいますので、自分たちでほとんど上達していけるものであることが前提です。

あとは日本在住者なんですけれども、例えば日本人と結婚した外国人の奥さんであるとか、その逆ももちろんありますし、その方々のお子さんですね。

例えばインターナショナルスクールなどに入ると、ほとんど英語を話したりとか、その国の言葉を話したりすると思うんですけれども、それでも日本語の授業は必須になってきますので、そういった学校の中で日本語の授業があったりします。

日本在住者の方は、結構地域のボランティアの日本語学校に入ったりする方が多いかと思います。

こういった方々のためには、ほぼほぼ生活のための日本語ですので、例えばごみの出し方のルールですとか、近所の人たちのお付き合いの地域活動のお話とか、そういったものが中心になることが多いです。

海外で教える場合は日本語学校が多いんですけれども、日本語を趣味として勉強する方々のための学校となります。

多くはないんですけれども、大学、それから高校、中学、小学校、幼稚園というところもあります。

ほとんどは大学が多いんですけれども。

ただ大学で日本語を教えるためには、こちらの日本語教師としての資格のハードルが結構厳しいかと思います。

日本語教師の資格プラスその国での大学教育を与えられる資格、つまり大学を卒業していることですとか、修士とか博士とかそういった学位が必要な学校もあります。

海外で教える場合は日本語だけでなく、日本の文化ですとか習慣、日本人の性格なんかを交ぜて教えたりします。

留学生試験というのがありまして、留学生になるための試験があります。

そういったものに関しては、もう少し難しい日本語、受験に合格するための日本語を勉強します。

また、仕事のために勉強する人もいますので、そういった方々のためにはビジネス日本語を教えます。

海外で「日本語教師をしています」と言うと、「日本語教師だったらどこでも行けるんでしょ」と言われることがあるんですけれども、需要と供給の面から、行ける国がほとんどアジアに限られています。

欧米はまずほとんど無理だと思います。

欧米に行って日本語教師が出来る人は、例えばビザがある人ですね。

欧米の人と結婚してそこに在住資格があって、労働資格がある人、そういった方々でないと、全くビザなしの状態で行って教えるというのはほぼ無理だと思います。

ですので、海外はアジア、中国、それから韓国、台湾、タイ、ベトナム、ミャンマー、このあたりの国が多いと思います。

あとは南米の方で、時々メキシコですとかペルーとか、そういった国で募集しているのを見たことがありますが、数はかなり少ないかと思います。


日本語教師になるには

日本語教師になる方法として、資格の面から言いますと三つありまして、ひとつは日本語教育能力試験という日本語教育資格のテストがあるんですけれども、それが一年に一回、10月にありまして、それに合格すること。

もうひとつは日本語教育のコースですね。

これは460時間を最低としているんですけれども、そういったコースを受講すること。

または大学で日本語教育の専攻を取ること。

このいずれかの一つがあれば、日本語教師資格があると言えるんですけれども、大学卒業を条件としているところもあります。

例えば海外であれば、実質大学卒業がないとビザが下りない学校もあります。

日本語教師といえども教育者でありますので、その国が認める最低の資格が大学卒業であるということになります。

逆に大学卒業であれば、日本語教師資格がなくても大丈夫という国もあるくらいです。

というのは、学生が例えば大学生であった場合に、やはりその学生よりも学力が低かったらいけないという考え方もあるようです。

その考え方は日本の日本語学校にもありまして、やはり学生たちは大学入学を目指しますので、実際に大学に入っていない先生が教えるのは、やはり学生の方からするとおかしいということになるのでしょうか。

ただ裏技がありまして、例えば私は短期大学卒業なんですけれども、短期大学をカレッジと表現すると、アメリカなんかでは4年制のカレッジもありますので、そういった表現の仕方をしてマレーシアではビザを取りました。

逆に日本語学校でも、短期大学くらいであれば気にしませんというところも、いくつかありますので、そういったところでも働けるかと思います。

あとは日本の日本語学校であれば、経験を問われることが非常に多いです。

最低一年や二年の実務経験が必要という条件があるかと思います。

面接は普通の企業で行うような話すだけの面接と、あと模擬授業があります。

ですので、経験が一年だろうが二年だろうが十年だろうが、効果的な教え方を模擬授業で証明できれば採用されるのではないかと思っています。

何年やっても教え方が上達しない人ももちろんいますし、一年目でも教え方が上手な人ももちろんいるわけですから、模擬授業の部分で自分の成果が発揮できれば良いかと思います。


海外の日本語教育

海外の日本語教育ということなんですけれども、海外でもアジアとヨーロッパで分かれるかと思います。

例えばアジアですね。

中国、韓国、それからタイとかマレーシアなんかは、かなり日本に近いですし、日系企業も相当数ありますので、彼らの中で日本語を勉強するのは、かなり現実的な選択です。

ですので、日本語を勉強して日系の会社に勤めたいとか、日本に留学したいとか、かなり明確な目的をもって勉強する人が多いです。

実際、上海も日系企業は一万企業以上ありますし、バンコクも8000企業あると聞いていますので、日本語を勉強することイコール良いお給料をもらえるとか、就職に困らないというイメージがあるかと思います。

また、欧米は日本から遠いですし、実際に日本企業もそんなに進出していませんので、どういった理由から日本語を勉強するかというと、文化面から日本に興味を持って、という人がほとんどです。

最近一番多いのはアニメなんですけれども、やはり日本のアニメは海外でかなり高く評価されています。

アニメを子どもの時に見て、日本語で放送されているわけではないんですけれども、ちょっと大きくなって、日本語のものだと知ってから日本語でアニメを見てみたいとか、漫画を読んでみたいという希望をもって勉強し始める人たちが多いです。

あとは剣道や柔道、合気道といった武道の面から興味を持つ人、それから着物ですとか、忍者とか、そういったものから興味を持って日本語を勉強したいという人もいます。

あとは漢字ですね。


一概には言えないんですけれども、アジアの学生たちは割と日本語の文法は難しいと感じていると思います。

例えば中国語であったりタイ語とかベトナム語は、かなり文法がシンプルなんですね。

ですので、日本語を勉強した時に語尾の変化や、助詞なんかをすごく難しく感じます。

逆に文字は中国人、韓国人はもちろん日本語の文字は簡単だと感じますし、他の国の人たちも漢字はもちろん難しんですけれども、平仮名、カタカナであまり突っかかるということはありません。

逆に欧米のアルファベットを使っている人たちは平仮名、カタカナが信じられないくらい習得が遅いです。

学習しない人もいますし、かなり上達が遅いです。

その代わり、文法はすごく簡単に感じているようです。

ヨーロッパ系の言語ですね、例えば英語ですとかフランス語、ドイツ語。

ああいった言葉から比べると、日本語はものすごくシンプルです。

ですので、母語が何かによって日本語は難しかったり易しかったりするようです。

ただ、最終的には漢字圏の学生以外は、漢字が難しいという見解は一致しているようです。

海外で教える場合はかなり文化面が中心になりまして、例えば折り紙ですとか、先ほど申しました武道に関して興味を持って勉強をしている学生が多いので、そういったものを取り込んで、日本の風習なんかも交えて教えなければなりません。


外国語としての日本語

日本語は世界の言葉の中では、文法はとても簡単な言葉だと思っています。

漢字はまた別としましても、学習するのにあまり苦労しない言葉なのではないかなと思っています。

ただ、日本語をもし実際の生活で日本人に対して使うとなると、すごく難しいというか、学校で教わったことがそのまま外で使えない言語なのではないかなと思っています。

どんな言葉でもそういった面はあるんですけれども、日本語は言葉通りの意味を持たないところに、いつも学生は戸惑っています。

簡単な言葉で言うと「つまらないものですが」とか、そういった言葉は、日本人は本当につまらないとは思っていなくて、それは挨拶や社交辞令のようにとらえなければいけないんですけれども、外国人にはそれがあまりよくわかりません。

その言葉通りに「どうしてつまらないものをあげるんだろう」というとらえ方をしてしまいます。

あと「何でもいいです」とか「いつでも良いです」というのをよく日本人は使うんですけれども、実際は予定がダメな日もあるにもかかわらず、「いつでも良いです」と言って、「じゃあ何日にしましょうか」と言うと「その日はダメなんです」って言われると、外国人は「いつでも良いです」とはどういった意味を持つんだろうと、戸惑うことが多いと思うんですね。

ですので、言葉プラス文化面、その言葉の裏に隠されている意味を教えないと、外国人はなかなか日本人とコミュニケーションをとることが出来ません。

そういった意味では他の言語で、例えば英語で勉強をする時に言い方のルールを覚えることがあると思うんですけれども、そこまで文化面を勉強しなくても英語を使うのに差し支えはないと思います。

他の言語でもそうなんですけれども、割と言葉通りの表現がそのまま意味を持っていると思います。

日本語はそうはいきません。


あとは敬語ですね。

これはもう日本人にとっても難しいものだと思うんですけれども、外国人にとっては人間関係によって言葉が変わってしまうところが非常にとらえにくいようです。

特に会社内の言葉であった場合に、自分の主張に対していつも敬語を使っているのに、外の人と話した途端に敬語じゃなくなるところに、複雑な人間関係を感じるようです。

特に欧米なんかは上司との上下関係という感覚自体が薄いので、そういった違いも教えなければいけません。


教師同士の人間関係

日本語教師同士の人間関係ということなんですけれども、日本語教師は常に教え方について自分で研究したり、周りの先生方と話し合ってどうやって教えるのが一番いいやり方なのかとか、前に自分が授業で失敗したことや成功したこと、そういったことを情報共有して自分たちの教える技術を高めあっていきます。

ただ、教室に入ったら先生は一人で、誰にも助けてもらうことは出来ませんので、最終的には自分の力で問題を解決する能力が必要となってきます。

例えば、いくら準備をしていても、授業の中で聞かれることを完璧に予測することは不可能です。

ですので、自分が準備をしてきていない質問をいきなり学生にされたときに、その場に順応する力を普段からつけておかなければいけません。

人に聞いて答えをもらうというよりは、自分で考え出せる力を持っていないと、なかなか難しいと思います。

日本で教える場合には常勤と非常勤があるんですけれども、常勤は常に学校に8時間なり9時間なり決まった時間います。

非常勤は自分が教えるコマの時だけ行く形になりますので、そうすると特に周りの先生との共有する時間は少くなります。

1時に授業が始まるんだったら1時に行って、3時に終わるんだったら3時に帰るというスケジュールですので、なかなか周りの先生との交流は少ないかと思います。

逆に海外ですと、生活も一緒になるパターンがあります。

例えば私が通っていた学校は家を準備するのが大変ですので、学校が準備してくれるんですけれども、家はシェアですね。

部屋は一つ一つ割り当てられるんですけれども、一つのアパートに三人で一緒に生活したりします。

そうすると生活も一緒、仕事も一緒ということになりますので、よっぽど工夫していかないとストレスもたまります。

もし学校だけの付き合いだったら上手くいっているかもしれない人間関係も、一緒に生活をすることによって仲が悪くなったり、逆に仲が良くなったりということもあり得ますので、その辺は気をつけなければならないところです。

もし一緒に住まなかったとしても、海外で暮らしている日本人はそう多くはありませんので、プライベートで遊びに行くときも一緒だったりするので、そういった面で上手くやっていく必要があります。


驚きの生徒の行動

日本の日本語学校の場合は、こちらは日本人で自分の国に住んでいますし、学生もほとんど大学に入るための留学生ですので、年齢的にもこちらが上で、向こうが下。

生活的にも日本人の方がよく知っていますので、教える立場で、先生と生徒という関係になります。

これが海外で教える場合は日本語学校ですので、年齢的にも学生の方が上だったりしますし、ましてやその国に行ってその国の言葉が話せなかった場合は、まるで教室の外では大人と子どものような関係になってしまいます。

教室の外での生活に関して、いろいろ手伝ってくれる学生が多いんです。

例えば、家のことや銀行とか郵便局とか、そういった細々としたことをお母さんやお父さんのように助けてくれる学生が多いので、そういった人間関係ですね。

ご飯をごちそうしてくれたりですとか、そういったことが海外では多く見られますので、それは予想外でした。

あと海外の場合は日本語学校ですので、やはり生徒と教師というよりは人間と人間みたいな感じになりまして、年齢的にもそうなんですけれども、先生を口説いてくる学生も、ままあります。

元々日本人が好きなので、そういった可能性は高いんですね。

こちらは女性の先生が多くて、20代後半から30代半ばくらいの人たちが多いんですけれども、初めはそういった目では見ないんですけれども、やはり私の学校の先生にも何人か学生と結婚したり付き合ったりした人もいました。


日本国内の日本語教育

日本国内で日本語を勉強するという人たちは、基本的には日本に住んでいる人たちということになるんですけれども、一般的には日本語学校に多く来るのは中国人、韓国人、それから次にベトナム人、タイ人、それからミャンマー人が多いです。

韓国、中国だけで約8割を占める学校が多いと思います。

たまに欧米人なんかもいるんですけれども、欧米の人は割と会社のフォローで来ている人が多いので、プライベートで授業を受ける人は数少ないです。

あとは日本人と結婚して日本に住んでいる人ですね。

日本語学校に来ている人たちは、日本の大学に入るために日本語を勉強しています。

大学で2年なり4年なり勉強した後、こちらで労働ビザを取ったり、本国に帰って日本語を生かした仕事をすることを計画しているのがスタンダードです。

日本に住んでいるので、日本語自体は最初の6か月でかなり上手になります。

日本ですと英語も使えませんので、日本語のみの生活になりますし。

彼らは生活のためにアルバイトをするので、職場で日本人から直接日本語を教わることも可能です。

ですので、日本語学校では何を教えるのかというと、彼らが大学に入学するための知識を教えます。

日本語を教えるというよりは、どちらかというと予備校の先生のようなイメージになります。

一通り彼らが日本語の文法、それから漢字を勉強した後は、日本の歴史や日本語で数学や理科などを勉強し始めます。

その段階に入ると、もうかなり日本人と同じ感覚で話すことが出来ます。

あとは彼らがどれだけ良い大学に入れるかに、焦点を当てて勉強をすることになります。

そのため、本当に予備校の先生のような感じで教えることになります。

文法もかなり細かいところまで聞いてきますし、授業も真剣に取り組んでいます。

国内で日本語の教師になる方が、比較的ハードルが高いかと思います。

学校によってはどういった条件を付けるかはまちまちなんですけれども、海外の方がどちらかというとその国に住めるかどうかとか、言葉を話せるかどうかという点に焦点を置いていますので、ハードルは低いかと思います。

日本の方が教える、ということに関して厳しく審査されます。


日本をまるごと伝える仕事

もし仮に日本在住の外国人であっても、普通は生活の中で変だなと思ったことですとか、納得いかないことを割と日本語教師に聞いてきます。

やはり日本に来て、日本人が面と向かって本音を言わないことを察していますので、何かおかしいなと思ったことに関しては、日本語教師に「どうして日本人はこうなのか」ということを聞いてきて、確認をとる人も多くいます。

はっきり日本人は言いませんので、その辺がうやむやでよくわからないことが多いのだと思います。

海外ですと、日本人との付き合いがあまりない人が多いので、もし日本語教師が多くいない学校であれば、それこそ自分一人が「日本人」という印象を持たれてしまいます。

ですので、行動や言動に気をつけなければいけないんですけれども、例えば何か聞かれたときに、個人的にはこう思うけれども、一般的には他の考え方があるんじゃないかという示し方をしなければいけません。

自分の考え方がちょっと特殊であった場合に、それを言ってしまうと「これが日本人の考え方なんだ」って思われてしまいますと、なかなか語弊を招くことがあると思います。


日本語を教えるときに苦労したこと

日本語を教えるときに初めに文法を教えて、それから練習をして、その後に会話という流れで学びます。

会話のときにですね、クラスの中に例えば10人いたとしたら、年齢、お仕事、社会背景がみんなバラバラの人が集まることになりますので、なかなか話題が合いません。

中学生と40過ぎた中年の男の人で何か共通の話題を探そうとすると、なかなか難しいものがあります。

日本人ですと、そういう時には頑張って合わせようとするのかもしれないんですけれども、外国人はなかなかはっきりしてまして、自分が興味がなければ全くタッチしないという感じで全く他のことを始めてしまうという人もいます。

そうすると、クラスの中の雰囲気が悪くなったり、グループ感がなくなってきますので、そうならないようにみんなが共通で興味があることを探すんですけれども、それはなかなか難しくて大変です。

それに海外ですと、タイに住んでいたら教室の人はみんなタイ人でやりやすいんですけれども、日本となりますと例えば中国人、韓国人、その中にモンゴル人がいたりロシア人が入ったりするんですけれども、そういった国同士で仲が悪かった場合に、教師はどのように介入できるかというと、ほとんど介入できない状態ですね。

何か口を挟むことはなかなか難しくて、そういった国同士の国家間の関係ですね、そういった感情には触れないほうが良いかと思います。

ただそうすると、学生同士で非常に仲が悪くなったりしてしまうので、そういったことが授業に反映しないように持っていかなければならないので、なかなか難しいかと思います。

じゃあ日本と中国、日本と韓国はどうかと言われると、そこまで仲が良い国ではないとは思うんですけれども、一応彼らは日本に来て、日本で生活をして日本に興味があるという前提がありますので、そちらの方は何か大きな問題がない限りは生徒側の方も触れてこないです。

ただ歴史的な問題になると、ちょっと熱くなって討論になってしまう場合もありますので、その辺は注意しないといけません。

あと日本語は文法は割とシンプルで簡単なんですけれども、言葉の意味とその言外に隠されている裏の意味というんですかね、そういったものの違いがものすごくたくさんありまして、それが外国人の習慣にはない。

日本人は社交辞令も多いですし、例えば今度遊びに来てよと言って、本当に遊びに行ったらビックリされたりですとか。

あとは謙遜ですね。

自分の家族、関係者のことをあえて悪く言う。

「うちの息子は出来が悪くて」みたいなことを言ったりするんですけれども、本当はそうではなかったり。

そういったものを理解するのがなかなか難しいので、言葉を理解するよりも文化的なものを理解する方が難しいかなと思います。


日本語教師の求人はどこで探す?

昔は雑誌ですね。

あとは日本語関係の書籍が売っている本屋さんなんかで求人広告なんかもあったんですけれども、最近はもうインターネットですね。

日本語教師は普通の求人サイトには載ってませんで、日本語教師専門のサイトですね。

例えば、教え方を紹介したりとか、日本語教育の書籍を紹介したり、それから求人を載せたりしているサイトがあります。

幾つか大きなサイトがあるんですけれども、私はいつも日本語オンラインというサイトを見て、調べています。

そこは国内の求人も、海外の求人も同じように載っています。

国内は比較的楽で普通の求人と同じで、履歴書を送って面接に行って、二次面接は模擬授業をするのが一般的だと思います。

海外の場合は、海外に行って面接することは出来ませんので、例えば履歴書を送った後に自分の授業計画を送ったり、あとは例えばスカイプで面接をしたりですとか。

慎重なところはスカイプで模擬授業をするところもあります。

海外はわりと授業内容よりも性格面ですね。

海外生活に適応できるかを重視しますので、スカイプでの面接はそういったことをチェックされることが多いです。

日本の日本語学校ですと、求人が多い時期は4月と9月。

他の時期も急募であるんですけれども、一番多いのが4月、9月ですので、そのちょっと前、一か月〜二か月くらい前から就活するのが良いかと思います。

海外の場合はそういった時期はなく、割と急募が多いです。

私がマレーシアに行った時も、応募してから一か月後にはマレーシアに行っていましたし、中国の時も応募してから二週間と思い立ってから出発するまでの期間が、ものすごく短いんですね。

ですので、海外で日本語教師をやろうと思う方は、割とフットワークが軽い方が向いています。


日本語教師に向いているのはこんな人

日本語教師というと、全く日本語が話せない外国人と日本語がゼロの状態からスタートして人間関係を構築していかなければいけませんので、外交的、社交的な人が多いのかなと思いました。

基本的には多いのですけれども、全部が全部そういった人かって言うと、やはりそうではなくて、静かな人とか内気な人とか人見知りな人もやはりいるわけです。

そういった方たちは「私は人見知りなんですよ」と言いながらも、相手が学生であればスイッチを切り替えられるという感じみたいです。

人見知りや無口であっても、「学生となら話せます」という人もいますので、性格的な面が職業に影響するというのはあまり感じませんでした。

比較的明るい社交的な人が多いかなとは思いましたけれども、静かな人でも大丈夫だと思います。

日本語教師として長くやっていける人は、やはり最後には教え方に尽きると思います。

教え方があまり良くない人のクラスは、学生の継続率もあまり良くありません。

また、クレームも出たりします。

外国の方ははっきり言いますので、もしそういったことが重なれば日本語教師は続けていかないということになるでしょう。

では教え方が上手い人というのはどういった人なのかと思うと、教え方は学校で習うので基本的にはわかるんですけれども、それをどうやって自分の中で構築していくかっていうと、一概には言えないんですけれども、比較的頭のいい人はあまりうまくないんじゃないかなと思いました。

というのは、頭が良い人は、あまり何も苦労しないで何かを覚えたりすることが出来ます。

例えば自分自身が外国語を覚える時も、かなり要領よく、パッパッと覚えられる人、そういった人たちは他の人たちがどんな風に苦労して、どんな風に覚えられないのかがあんまりよくわからないのではないかなと思います。

ですので、高学歴の人が比較的学生さんからクレームが出ています。

授業が早すぎたりとか、難しすぎたりという内容のクレームですね。

私は自分自身で言葉を覚えるとき苦労したことなんかを授業に反映させて授業をしているんですけれども、あんまり頭が良くなくてプラスに働いているように思います。

あとはクラスにはいろいろな国の出身の人がいますので、そういった人たちをまとめるのはなかなか大変なんですけれども、統率力がある人でないとクラスがバラバラになってしまって大変です。


文化の違いを感じたこと

いま教えている国がトルコですので、生徒がイスラム教徒の場合なんですけれども、やはりイスラム教徒の人にとっては宗教が一番優先されるべきもので、授業の途中であってもお祈りの時間になったらお祈りに行ってしまったり、ということがあります。

トルコ人に限らず西洋人ですね、欧米人はほぼほぼそうなんですけれども、自信がすごくあるんです。

始める前に「私はよく出来るので」ということを言われたりします。

よく出来るので、「早いスピードで教えてください」とか、息子を連れてきたお母さんが、本当に天才という言葉を使うんですね。

「うちの息子は天才なので特別な教育をしてください」とか、そういった人たちに限ってほとんどダメだったりするんですけれども。

そういった自信を他の人に見せるというところが、日本人となかなか違う文化だなと思うことがよくあります。

そういった自信から来るのかよく分からないんですけれども、トルコ人に限らず欧米人もそうなんですが、教えたがりという面があります。

例えばクラスの中で、クラスメイトですので同じレベルであるはずなんですけれども、やはりレベルに差が出てきて出来ない生徒と出来る生徒が出てくるんですけれども、出来る生徒は出来ない生徒にやたら教えたがります。

それが時々間違えていたりするので、教師側が皆の前でそれを訂正するのがなかなかしづらかったりもします。

あと逆に全然できないのに、全く気にしないで最後までクラスに来れる学生も結構います。

全然できないのに頑張ってやるという感じではなくて、あんまり気づいていないのではないかって時々思うんですけれども、気にしないんですね、自分が出来るか出来ないかっていうことに対して。

座って黙って聞いていて、分からなくても分かっていてもそのまま時間が過ぎていくという感じなんですが、日本語学校に来て日本語を勉強するというよりも、クラスに来て座っていることに意義があるみたいな感じで時間が過ぎていくということも多いです。

日本人だともうちょっと気にして勉強するんじゃないかなとか、逆に止めてしまうんじゃないかなと思うんですけれども、そのあたりはあまり自分と周りとの比較はあまりしないようです。


大切なことを

どんな仕事をするか、どこに住むか、誰と付き合うか?

本当はすべてあなた自身が決めることなのに、
現実の世界ではそれが許されない。

このブログを通して私が伝えたかったのは、
自由に生きるための方法。

しかし、断片的な情報が散らばるブログでは
限界があるのも事実。

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