この3年ほど、身軽に生きることを実践してきた。
シンプルミニマムな暮らしをするため、
身の回りの品も大量に処分した。
最初は持ち物を減らすだけからスタートしたのが、
どんどん発展して今では自宅すら持たずに
各国を転々とすることになった。
それもほとんどの日本人が考えもしない保険までかけながら。
身軽に生きようと思ったきっかけは、
日本を出てマレーシアに移住したことだった。
国際配送が面倒という理由から、
手荷物だけで引っ越していったので、
おのずと荷物は少なくなった。
これが身軽になるためのトレーニングとして、
その後の人生に活かされた。
さらにマレーシアではコンドミニアムに家具が完備されているので、
自前で揃える必要がない。
ホテルのように設備が揃っているため、
持ち物はミニマムに絞っても
不自由なく暮らすことができる。
そのまま住み続ける予定もなかったので、
また他の国に移ることは漠然と予期していた。
それを実践したのがフィリピン移住で、
再び手荷物のみで移住。
2年以上に及んだマレーシアでの暮らしの中で、
案外荷物が増えていたのでこの時に大量処分をした。
断捨離の結果、服は7割以上捨てた。
靴も履いていく一足だけを残し、
残り10足近くを思い切って処分。
ミニマリストとして
最低限の荷物だけしか持たない状態で
2度目の移住を迎えた。
そして、フィリピン・マニラのマカティ市に1年住んだ。
身軽に生きることを信条にした結果、
もう手荷物だけで移住できるようになったし、
何なら家を持つ必然性も感じなくなった。
ホテルを渡り歩くほうが楽な気さえしてきたし、
定住生活を試しに捨ててみる時期がきたような感じがした。
家具や家電、身の回りの持ち物をほとんど持たず、
がらんどうなミニマリストの部屋を見たことがあるが、
外側の部屋の方を断捨離してもいいのではないかと。
ということで、
コンドミニアムの期間満了とともに部屋を去り、
世界一周の旅を兼ねて非定住生活を始めた。
荷物が重いと旅を続けるのに不便なので、
機内持ち込み可能な10キロにまで圧縮した。
スーツケースと手持ちのかばんのみなので、
これまでで最もミニマリストな状態で
持続可能な旅をすることになる。
当初はなかなかハードルが高かった(笑)。
と言っても、
余計な物を捨てればどうにかなるもので、
仕事道具以外は着替えやパスポート、
各国の通貨を入れるジップロック、
折り畳み傘等の最低限に絞り込んだ。
結果、10キロは若干超過したが、
どうにか機内に持ち込めるレベルには荷物を減らせた。
アジアとヨーロッパではスーツケースの大きさで
規格に差があるのは少々気がかりなところだったが、
ダブリンからリスボンに飛ぶときや、
ポルトからマドリッド、
マドリッドからクラクフ(ポーランド)へのフライトも
無事に行えた。
そして、現在はハンガリーの首都、ブダペストに来ている。
別に世界をぐるっと周ったら終わりというわけでもなく、
いつ定住生活に戻るかは未定。
さすがに一生続けることはないと思うが、
当面はこの状態で暮らしていく。
身軽に生きるというスタイルが発展してきたら、
まったく思いもよらない展開になってきた。
私自身、こんな風になるとは思わなかったし、
意外性がありすぎる。
マレーシア移住の1年前には、
海外生活を送るなんて思っていなかった。
フィリピンに住み始めた時だって、
1年後に自宅を持たない状態になるとは予想していない。
ちょっと身軽に動けるようにしたつもりだったのに、
本人の思惑すら越えて事態が動いている(苦笑)。
幸い、マーケターとしての仕事は
どの国にいても継続できる。
クライアントと直に会う必要もないし、
複数の収入源を確保できた。
ということで、
これからがどうなるかは流れに任せつつ、
自然の成り行きで行き着く所に行ければいいと思う。
海外移住とか非定住生活とか、
かつての私には非現実的に見えた生活も
今では普通の暮らしの一部になった。
条件さえ整えば、そんなものなのだと思う。
いつの間にかパーペチュアル・トラベラーになっていた時には、
さすがに驚いたが(笑)。
結果的に、そんなポジションに入っていたとは。
身軽に、そしてリスクは最小限に
足元を固めずに進んでいくだけでは怖いし、身軽でさえあればいいわけでもない。
慎重に、堅実に生きたい気持ちもある。
どちらかと言うと、私は安定志向なので。
今の生き方を見ると信ぴょう性が限りなく0に近いが(苦笑)。
まずは保険をかけておくために、
住める国を増やしておくことにした。
日本人として日本で生まれた段階で、
当然日本にはいつでも住める権利がある。
それに加えて、
第二、第三の国を確保しておきたいと思った。
各国をウロウロしながら生きていく中で、
ビザの必要性や居住地の確保について考える機会が増えたので。
結果、マレーシアではリタイアメントビザのMM2Hを、
フィリピンでは永住権のクオータービザを取得。
守りについても固めてきた。
これで日本経済に問題が起ころうと、
震災で再び原発事故が起こったりしても、
カントリーリスクを直接受ける必要がなくなる。
フィリピンとマレーシアには住める状態なので、
この保証は心強い。
身軽に生きると言っても、
完全にノーガードの状態では無謀なだけ。
中学生ではないのだから、
自分がやりたいことだけをやっていればいいわけではない。
自己責任で自らの身を守ることは必須。
そのための保険の一つとして、
ビザを取るという行動を取ってきた。
残念ながら、あまり理解されないものの、
これからの時代を生き抜くにはそんな対策も必要だと思う。
3.11で明らかになったように、
今後も地震や原発のリスクは日本に付きまとう。
その時に身動きが取れないのは避けたかった。
ということで、現在は自宅もない状態でありながら、
ビザだけは2カ国で取得した。
他の国にも広げていくことも考慮したものの、
手間やコストを考えると
ここで打ち止めにするのが妥当という結果に。
持ち物を減らして資産を増やす
身軽に生きると言っても、
資産を持たないのでは基盤がゆるいだけで、
いつ転覆するかわからない船に乗るようなもの。
体調を崩して医療費も払えないのでは
笑うに笑えない。
そこで国境を超えて資産を分散させた。
フィリピンとタイにコンドミニアムを購入し、
両方共賃貸物件として投資用に保有。
私は住む家がないのに、
投資用の物件は保有している状態(笑)。
また、ファンドや事業投資、海外銀行の定期預金等で
8ヶ国に資産を分散した。
通貨も分散されているので、
為替変動があって特定の通貨が下がっても、
その分別の通貨が上がって釣り合いが取れる状態にした。
身軽に生きるというのは自立と自律が最低限の前提で、
世の中の変動によっていちいち左右されないことが必要。
そうなると、資産を守るという行動も必須になる。
こうしてビザや資産分散で守りを固めつつ、
毎年ヨーロッパで3ヶ月を過ごしたり、
残りは主にタイやベトナム、台湾等のアジアで身軽に、
そして気軽に暮らしている。
その中で各国の住み心地を調べ、
次に住みたい国も探している状態。
こうしてより良い住環境を探すことができるし、
将来の選択肢も増えている。
身の回りをものであふれさせることを放棄した結果、
思いがけない人生の展開がやって来ている。
これから先、どのような展開が待っているのか、
時に他人事のように眺めながら楽しんでいきたい。
海外に移住するのは本当に難しいのか?
日本を出て海外に住むようになってから
「海外に移住したい」という話をよく聞くようになった。
同時に、
「英語が苦手で・・・」
「海外での部屋選びで失敗しないか不安」
「他の国での生活を想像できない」
「下見で何を確認したらいいか分からない」
「移住後の仕事やお金が問題」
等々の様々な不安や悩みも耳にする。
そこで、10年以上海外で暮らし、
4ヵ国に住んできた経験を凝縮した電子書籍、
『「いつか海外に住みたい」を手の届く現実にするための本』
を無料でプレゼントすることにした。
電子書籍の目次等も掲載しているので、
プレゼントページへどうぞ。
電子書籍のプレゼントページへ