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南国のプールサイドでトロピカルジュースなんてすぐに飽きる



初の海外生活となったマレーシア移住直後、
ベタなことをやってみた。


コンドミニアムのプールサイドのデッキチェアに寝そべり、
トロピカルジュースを飲む。

分かりやすい通俗な理想像の1つだと思う。


2月の真冬の日本から南国に行ったこともあり、
その暖かさはなおさら貴重に思えた。


では、どうなったか?

1時間もしたら飽きた。

このままじっとしているのも退屈だし、
そろそろ仕事でもしたいと感じ始めた。


一方で、毎年のように限られた休みを利用して
プールサイドやビーチで寝そべることを楽しみにしている人もいる。


彼らはなぜ飽きもせずにそうしていられるのか?

その理由の1つは、
期限があるかどうかなのだろう。


私は1年中プールサイドで寝そべっていられるので、
事実上の無期限。

別に焦って実行する必要がない。


旅行で来ている人は数日の期間限定なので、
その間に最大限に価値を享受しようとする。

食べ放題の店に来て、
必死に色々な物を皿にのせる感覚に近い。

一品一品はそれほど美味しくないが、
せっかくの食べ放題だし、という感覚。


これが年中プールサイドで寝そべっていられると、
そこまで素晴らしくはないと思い始める。

「その料理って、そんなに美味しくないでしょ」
という感覚に変わっていく。



結局、世間でのステレオタイプな理想の生活なんて
本当に薄っぺらいものだと、この数年でよく分かった。

そもそも不自由な人が描く理想像なので、
いわば現実感の伴わない夢でしかない。

そっち側の現実を何も把握していない人が
あいまいな妄想で理想を描いただけの話なので、
実行すると浅い印象に終わってしまう。


南国のプールサイドで・・・

海の見える豪邸に住んで・・・

洗練されたエンジン音を響かせるこの車で・・・

最先端の流行を行くブランドの服を身にまとって・・・


だから何なのか?

それができない人の妄想を実現するために
頑張るというのはむなしい。

何しろ、本当に価値があるわけでもなかったりするのだから。

あくまで、「価値がありそう」に見えるだけにすぎない。


本当にそれを実現した人は圧倒的に少数なので、
その声はなかなか聞こえてこない。


マスコミや世間の常識に囚われてしまえば、
自分の人生の方向性は簡単に書き換えられてしまう。

もし、私がプールサイドで寝そべる生活を得るために
必死に頑張ってきたなら愕然としたことだろう。

たまたま棚ぼた的に得られたものだったので、
こんなものかとあっさり受け入れられたが。


世間の声とか社会常識とか、
そんなものに囚われない性格でよかった。

元々、学生時代からクラスの輪を一歩外れたところから
冷めた目で見ているような生徒だったので(笑)。


あの感覚が今でも残っているし、
常識や他人の共通認識を他人事として感じるところがある。

あくまで「向こうの世界の人達が勝手に思っていること」と
冷めた目で見てしまう。


マスコミへのバッシングもひどくなっているようだし、
情報操作に対する風当たりは特に強い。

しかし、マスに対して情報を発信する以上は
流行や価値観を生み出してしまうのはマスコミの運命。

意図しなくても流行や価値観はかたよりの産物なので、
ある種の情報操作になるのは必然的なこと。


そこに簡単に乗せられてきた大衆側にも
反省すべきことはあるのではないかと。


浅はかな大量消費とか、物質的な豊かさの追求とか、
そこに乗せられた側にも落ち度がある。

マスコミが大衆を正しく導いてくれる理由なんて
何一つないわけで。


信用できない誰かの言葉とか、
そんなことはもう聞かなくていいと決めている。


社会とか世間とか、
そんなのは大部分が尊敬もできない人間の集まり。

正直、どうでもいい。

自分自身と少数の信頼できる人の話に耳を傾けて、
勝手な道を進んでいく方が明らかに納得できる。


結局、私はひたすら寝そべっているよりも
ビジネスで成長実感を得ることに価値を感じた。

だからプールサイドにいても仕事をしていたりする。


「せっかくこんな場所にいるんだから、もっと楽しんだらいいのに」
という話も関係ない。

寝そべってるより楽しんでるし。

デッキチェアに寝ているのが幸せというのは、
誰が決めた価値観なのだろう?


私は死体のように寝そべり続けることに価値は感じていない。

それより成長をしたい。

そのために仕事をしたいし、本を読みたい。

尊敬できる人に会いたい。


物があふれるオシャレな部屋に住むよりも、
シンプルミニマムでフットワークの軽い生活をしながら、
住む国や街をどんどん変えていきたい。


そこに価値を感じるから。


無責任な誰かの作った、価値の検証もされていない理想像なんて
もうどうでもいい。


PS.
ヤシの実にストローを差して飲むココナッツジュースが
あんなにもまずいものだったとは。

今までマレーシアやタイで何度か試したものの、
どこで飲んでも背筋が寒くなるほどまずかった。

見た目は美味しそうなのに・・・。


味が受け付けない果物はココナッツが初めてだった。


大切なことを

どんな仕事をするか、どこに住むか、誰と付き合うか?

本当はすべてあなた自身が決めることなのに、
現実の世界ではそれが許されない。

このブログを通して私が伝えたかったのは、
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