ある意味で言うと、これは節目においての洗礼のようなものだったのかもしれない。
世界一周をしたり、ホテル暮らしを始めてからちょうど一年が過ぎて、大したトラブルもなく非定住生活を続けていけていると思っていたら、ここで急に落とし穴が現れた。
ブルガリアのプロヴディフにおいて午後5時40分頃にホテルの部屋を出て、なぜかルームクリーニングがされていなかったのでタオルだけでいいから新しいのを部屋に持っていってもらうようにフロントに頼み、それから食事に出かけた。
最初は夕食に行くだけの予定だったが、近くの丘に上れることが判明した。
ロシア人の銅像が立っている丘で、せっかくだから上ってみることにすると、小雨がぱらついてきてあまり長居することはできなかったが、町を一望することができて、それなりに満足だった。
それからいつも通り旧市街の近くにある、メインストリートに行き、チキンスープやラム肉を食べてホテルに戻った。
だいたいそれが、午後8時ごろの話。
プロヴディフはあまり食事をするところがないので、だんだん行く店が限られてきて、パターン化しているのは少々悩みの種ではあるが、そろそろプロヴディフ滞在も終わりにしようと思っていたので、次はベリコタルノボに行く予定だった。
しかしホテルに戻ってみると、スーツケースにあるはずのパソコンが見当たらない。
どうも嫌な予感がするが、もしかしたら別の場所に置いていたのかもしれないと思い、デスクの上やクローゼットの中もくまなく見てみたが、どこにも見当たらない。
部屋の異変というと、ベッドの上にタオルが置いてあるぐらい。
これは注文通りなので特に問題はないが、それ以外の清掃やベッドメイキングがされた様子は一切なく、乱れたままのベッドの上にバスタオルとフェイスタオルが置かれているだけだった。
4つ星ホテルのサービスとしてはかなりずさんな印象を受けたが、とりあえずその布団の下とか、全てくまなく見て、結局どこにもパソコンは見当たらず、もちろん鞄の中にも入っていないことは何度も確認して、仕方がないのでフロントに行くことにした。
エレベーターを降りる途中、iPhoneの録音機能をONにしておいた。
状況から考えて、タオルを持ち込んだスタッフが盗難をした可能性が高く、逆に言えばそれ以外の可能性は余程のことがない限り0に近い。
一応ホテルのドアはロックされているわけなので誰でも入れるわけではないし、確認してみたら廊下に防犯カメラも設置されていた。
ホテルの入口はほぼフリーパスで入れるような状態とはいえ、やはり内部犯の犯行である可能性が圧倒的に高い。
逆に言えば、ホテルもグルになっている可能性もあれば、そうではなくても従業員をかばったり、余計な摩擦を避けることも予想される。
そこで、今後のためにホテル側の対応を録音して、証拠として残しておこうと思った。
しかし驚くことに、ホテルのフロントの対応は至って冷静で全く戸惑いもなかった。
結局翌日の9時45分に警察に行くので、その時間にフロントに降りてくるようにと言われ、再びエレベーターに入ったところで録音を停止したが、その時間は3分15秒程度だった。
実際に会話していたのが3分以下ということになるし、半分ぐらいは私からの質問で時間を取っているので、向こうは1分半の間にパソコンの盗難の件を理解し、それに対する対応をしていたことになる。
どう考えても、今回が初めての盗難事件とは思えず、日常的にこのホテルにおいては宿泊客の備品が盗まれているのではないかという疑いが、この段階で強く生じた。
そしてこの疑惑は、翌日警察署に行った際に、より強く印象付けられることとなった。
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