会社の肩書重視の危うい生き方


マニラのリトル東京というエリアでは、しばしばカラオケ大会や、小さな規模の祭り等のイベントが催されている。

リトル東京の名前の通り、ここら辺は日本人街になっているのだが、決して規模の大きなものではなく、数軒の和食レストランが寄り集まっているに過ぎない。

それ以外にリトル東京の外側に、和食の食材店が2軒あったりとか、そういったこともあるが、世界各地に見られるチャイナタウンのように、日本人が密集して住んでいるというものではない。

そして、このリトル東京のエリア内の、カラオケ大会を見ていると気が付くのは、審査員として所謂大手企業の課長や部長が出席しているが、紹介の時には必ず会社名プラス部署と役職名で紹介されているということ。

日本国内であれば、そこまで違和感はないのかもしれないが、このリトル東京というのは、ただ単に飲食店が集まっているというだけのエリアで、カラオケ大会にしても、特定の企業が営利目的でやっているわけではないので、初めての時には違和感を覚えた。

しかしながら考えてみれば、これも納得な話で、マカティにしろ、あるいはマニラというエリアに視野を広げるにしろ、基本的に日本人のネットワークは、駐在員や起業家のネットワークと置き換えても、そこまで大きな間違いではない。

起業家というのは、そこまで大きな影響力を持たないので、駐在員コミュニティと言い切ってしまっても、8割がた正解だろう。

そうなってくると、日本人の中でも、比較的エリートと言える駐在員が中心になっているコミュニティにおいて、会社の序列であったりとか、あるいは役職によって、上下関係が形成されるというのは、想像にかたくない。

実際に駐在経験のある人に話を聞いてみると、フィリピンばかりではなく、他の国でもそういった環境に、おかれていることは多く、ある人は社宅に入っているような気分と表現していた。

もちろん社宅で生活をする場合と違い、海外駐在員の場合であれば、一般のコンドミニアムを借りて住むことが多いので、付き合う人が全て同じ会社の人というわけではないが、結局何かしらの取引があるとか、あるいは共通の知人がいたりして、世間が狭く監視社会という印象を持っているという話だった。

確かに彼れらが現役であるうちは、更に言えば、出世競争に敗れる前までは、その生き方は心地いいのかもしれない。

何しろ自分の中に積もっている価値はなくても、会社が武器を渡してくれるわけなので、それを見せびらかして、相手をひれ伏させることができる。

しかしながら、引退したり、あるいは窓際に追いやられたりした後には、悲惨な人生が待っている。

何しろこれまでのアイデンティティが失われるわけなので、かと言ってこれまでサラリーマンでバリバリ仕事をしてきたからといって、急に独立したり、自由に転職をして、好きな仕事に就けるかと言えば、そんなことがないのは周知の通り。

実際リタイアした後に呆然としてしまい、セミの抜け殻のようになってしまう高齢者も多いと聞くが、こういったアイデンティティクライシスというのは、現役時代においても十分に起こり得ること。

そして、会社員としての人生と、自然人としての寿命が、大きく離れてしまった以上、自分の名前で平均すれば20年ぐらいは生きていくことになる。

仮に60歳で定年を迎えて引退したとしても、平均寿命が男女通算すれば、80歳ぐらいになるわけだから、それまでの期間というのは、決して短いものではないし、余生という一言で、済ませられるほど軽いものでもない。

しかしながらその準備ができている人は、驚くほど少ないように見受けられるし、マカティのリトル東京の例のように、会社が社員に対して、社会的な肩書を与えることによってコントロールし、うまくこき使っているという構図は、今後もそう簡単に変わる気配はない。

そうなってくると結局、自分の身は自分で守るという自然界の大原則を思いださなくてはならない。



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執筆者、伊田武蔵
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