世界一周をしたバックパッカーとして、
その体験による影響や得たもの等を書き残しておこうと思う。
私の場合、
事前に全行程を決めていたわけでもないし、
航空券もその場その場で予約していった。
そもそもスタートした段階で、
フィリピンのクオータビザという永住権の手続き中で、
取得まではアジアにいようと決めていた。
ヨーロッパやアメリカ大陸のように
中途半端に遠くまで行ってから戻ってくるのは
無意味に長距離フライトが増えて非効率なので。
そのくらいの状態でスタートしたのだが、
スタート地点はマニラだった。
自宅として1年使っていたコンドミニアムを退去し、
家を引き払って旅が始まった。
これは世界一周のためというよりも、
当面はホテル暮らしをすることに決めたため。
その第一歩として、
地球をぐるっと周ってみることにした。
さすがにホテル代は家賃より高いので生活コストは上がるが、
家賃の支払いがなくなったので
意外にコストは圧縮できた。
そこから東南アジアの国をいくつか周り、
ジャカルタやクアラルンプール、バンコク等を周遊した後、
オーストラリアのケアンズ・シドニー・メルボルンも訪れた。
その後はフィリピンの永住権の手続きが完了し、
ようやく西周りで本格的な世界一周の旅を開始。
バックパッカーとしてのユーラシア大陸の西側まで
一気に移動した。
ロンドンを起点に、
アイルランド、ポルトガル、スペインに滞在。
7月から8月にかけてのヨーロッパは
予想以上に暑かった。
緯度の高いイングランドとアイルランドは良かったが、
ポルトガルやスペインは猛暑。
このまま陸路で東に移動する予定だったが、
考えを改めて夏でも涼しい東欧に飛んだ。
世界一周の航空券だと、
西周りの場合は東に移動できないといった制約もあるが、
都度予約をする場合にはこうした自由がきくのが嬉しい。
こうしてポーランドに飛んだ後、
チェコやスロバキアを経由して東欧を周った。
この時の体験がきっかけで、
住環境としてこの地域に注目することになり、
東欧を移住先として考えるようになった。
これまではフィリピンとマレーシアで暮らしてきたが、
ポーランド・チェコ・ハンガリーも面白い。
ヨーロッパ最後の街はドイツのフランクフルトで、
そこからカナダに飛んだ。
北米大陸を縦断したわけだが、
滝で有名なナイアガラでは中国人と誤解を受けたらしく、
歩いていたら「チーナ」と罵声を浴びせられたりもしながら、
一応無事にバンクーバーまでたどりついた。
カナダ側ではハリファックスを皮切りに、
オタワ・モントリオール・トロントを訪れ、
アメリカではニューヨーク・フィラデルフィア・ワシントンへ。
主に東海岸の街や
東寄りに位置する街が多く、
最後のバンクーバーのみが西海岸だった。
そこからマニラへのフライトに乗り、
隣席のトロント郊外在住の陽気なカナダ人のおじさんと話しながら
世界一周の旅が終わった。
ヨーロッパは真夏だったが、
バンクーバーを去ったのは11月の終わり。
マニラに到着して不要になったコートは
ニノイ・アキノ国際空港のベンチに置き忘れたが、
荷物を減らしたいバックパッカーとしては
結果オーライな部分も。
着もしないのにかさばるコートを持ち歩くのは負担だし、
当面は寒い地域に行く予定がなかったので。
世界観に影響はあったのか?
「世界一周とかすると、やっぱり人生観とか変わるんですか?」
こういった質問をされたことが何度かある。
バックパッカーとして旅をしたと言っても、
私はすでに30代だし、
海外に住んでいたこともある。
フィリピンとマレーシアにそれぞれ移住し、
合計3年住んだ後だったので
次々にカルチャーショックが襲ってきたわけではない。
むしろ今後の移住先を探すことが重要な目的になっていて、
明らかに候補から除外される危険地域や
インフラが未整備なところにも立ち寄っていない。
そうすると、人生観なんて変わらない。
というより、世界一周で人生観が変わるのは、
よほど世間知らずだったり、経験が少ない
若いうちだけではないかと思う。
30代にもなって、
ちょっと長期旅行に出て世界の見方が変わるのなら、
それまでの人生が薄っぺらすぎたのではないかと心配になる。
ただ、個別にヨーロッパや北米、アジアを訪れるのと違い、
やはり連続した時間の中で世界各地を見ることができたのは
たしかに興味深い部分もあった。
そして、西回りだと時差への対応が楽で、
結果的にアジアとヨーロッパを往復するよりも
身体は楽だったように感じる。
もちろんフライトの回数・距離は長くなるが、
東回りで移動した後の時差ボケのつらさがない。
ちなみに、ANAを含むスターアライアンスの場合、
ビジネスクラスやファーストクラスにマイルで乗るなら
ヨーロッパまでの往復の航空券よりも
世界一周の航空券の方が必要なマイルが少なかったりすることも。
こうしたことを考えても、
西回りというのはかなり合理的な部分がある。
ただし、前述したように移動ルートに制約が付けられるし、
メリットばかりではないが。
次回世界一周する時は、
マイルでビジネスクラスを予約する予定でいる。
バックパッカーの限界の向こう側へ
単なる旅行者として世界を周るなら、
おのずと縛りが出てくる。
資金が尽きたら終わりか、
仕事の関係で時間的に制限されるか。
どちらも愉快な話ではない。
普通のバックパッカーでいる限り、
こうした限界からは逃れられない。
中には一定額を稼ぐまで日本で仕事をして、
稼いだら会社を辞めて旅に出るバックパッカーもいる。
たしかに1つの生き方としてありだが、
キャリアを犠牲にした選択になる。
年齡を重ねた時、職を選べなくなったり、
年相応の収入が得られずに後悔する可能性も。
私の場合、バックパッカーとして旅に出ている期間も
仕事は継続して行っている。
そのため、持続可能な旅ができる。
世界一周をしている間も
普段と変わらず旅費(生活費)より収入の方が多かった。
こういった状況を作ることで、
ただバックパッカーとして世界一周をして
良い思い出を作って終わりにならない。
次に住む国を探したり、
より良い居住曲を探す旅を続けるのも、
こうした背景があるからこそ。
旅に出ている間だけ自由を味わえても意味がない。
これは初めての海外旅行で
ヨーロッパを周遊した時に感じたこと。
旅するように暮らしたいと思っても、
当時は実現までの道のりが見えないどころか、
見当もつかなかった。
それがいつの間にか当たり前に達成できていたのだから、
人生のめぐり合わせは不思議なもの。
少なくても、私はこのような生き方ができるようになったことで
精神的に充足された暮らしができるようになった。
今の収入が2倍になるとしても、
日本で毎日会社に通勤し、
尊敬できない上司の下で働く生活には戻らない。
バックパッカーの限界は、
旅が一時的なものでしかないということ。
あくまで旅は非日常な時間であり、
世界一周は移動距離や使う時間の長さが特徴的なだけで、
本質は何も変わらない。
そこから先には、
気に入った旅先で生活する選択肢もある。
あるいは1つの国にとどまることなく
ホテル暮らしをすることだってできる。
そうした部分まで含めて人生をマネジメントできたことで、
バックパッカーとして感じていた限界を越えることができた。
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