人の長所を探すという意外に難しい人間関係の奥義


道徳的な意味合いも込めて、他人の長所を見ましょうとか、良いところを探そうということが標語として掲げられていることは多い。

しかしながら、これを実際にやってみようと思うと、思いのほか難しいということに気づくはず。

何も意識せずに自然に過ごしていると、むしろ他人の粗探しをしてしまったり、あるいはダメなところに目が向いてしまいがちなので、よほど美徳が際立っている人でない限りは、なかなかその人の長所を見つけるということが出来ない。

しかも長所というのはたいてい短所と表裏一体になっている部分があるので、サッカーが上手いとか数学が良くできるとかそういった単純なものでない限り、プラスとマイナスの両方の側面を持っているということになる。

丁寧な対応の人なら話の展開が遅いとか、サバサバした気取らない性格の人なら押しが強いとか、気遣いが足りないと行ったように長所と短所はセットで存在していることが多い。


こうなってくると事は厄介で、人間は感情というフィルターを通してしか物事を見ることが出来ない為、感情的に受け入れられないと思った相手に対しては長所を探すことが非常に難航する。

わざわざそういった困難に立ち向かう意味があるのかということ自体を自問自答してしまいがちだが、人間関係のすべてを断ち切るわけにもいかないし、すべての関わる人を自ら選ぶということを出来ない以上は、長所を見つけることが出来た方が人間関係を円滑に進めることが出来る訳だし、さらに言えば自分自身の成長にもつながる。

ある人と出会ってそこから何も学ばない人と、常に人から何かを学んでいる人では、それが1年2年と続いていったときに、大きな差が出来るというのは当然のこと。

学び方に対する姿勢によって、複利のように差はふくらんでいく。

わかりやすいところで言えば、性格は悪いが自分の仕事においては非常に熱心で、一流であるという人がいたとして、その人のその仕事に対する姿勢であったり、あるいは専門知識を吸収していく人がいれば、それはビジネスマンとして大きな強みになる。

しかし、性格の悪さばかりに目が行って、有能さを発見したり、あるいは見習ったりできなければ学びの機会は失う。


これは別に仕事についてしか言えないことではなくて、料理が上手いとか、もしくは気遣いが出来るとか、その場の空気を変えるのが上手いとか、様々な能力を人は持っているので、そういったところを上手い具合に吸収できるというのはそれ自体が一つの能力であり、長所なのではないかと思う。

そう考えてみると、意識的に相手の優れた点を見習おうとか、あるいは長所を探そうという努力は決して無駄にはならないはず。


以前に受講した老舗企業に詳しいコンサルの人の講座では、他人の長所探しは自分の良いところ探しでもあるという話もあった。

自分が得意な分野ほど、相手の細かい能力や意図にも気づくことができる。

将棋の駒の動かし方ぐらいしか知らなければ、プロ棋士の打ち手の深遠な意図には気づけない。

そこに思い至れるのは、すでに将棋を深く理解できている人だけ。

他人の文章を読んで文章テクニックの真髄に迫れるのは、文章を読み解く力や執筆に優れた人だけ。

そんな風に、人の長所に気づけるのなら、その部分が自分にとっても得意分野の可能性がある。


しかしながら、ファミレスの店員のようにあまり深くかかわる機会がなく、なかなかチャンスが巡ってこないという場合もある。

そういった場合も一対一の関係だけで考えるのではなくて、もっと集合的な形で考慮することによって話は違ってくる。

確かにあるファミレスの店員とは、一度注文の時に言葉を交わすだけかもしれないし、そこから何かを学ぶことは出来ないかもしれない。

しかしながら、飲食店に行く場合というのも色々な人と関わることが出来るので、その中には機転が利く人を見つけたり、あるいは言葉遣いが非常に綺麗だとか、言い回しが巧みな人がいることにも気づける。

こういったアンテナを常に一対一だけではなくて、自分の周りの世界に対して張っておくことによって、学びというのを得ることが出来る。

私は結果よりも期待値に対してコミットをするという生き方を推奨しているが、これもまさに同じこと。

ある人から何かを学ぼうとしても、そこから得るものがない場合もある。

しかしながら、一つ一つのやり取りに一喜一憂せず、人の長所を探す体験を積み重ねて平均値を取れば、ただボーっと人と接しているだけの人と、相手から何かを学び取ろうという意識を持っている人では自ずと差が出てくる。

その間には明らかに期待値の差があるわけで、それは短期的に見たら大した違いにはならないかもしれないが、長期的に5年10年と積み上げていった場合に全く違う生き物としてのレベルにまで到達するのではないかと思う。

そういった日々の習慣の積み重ねというのはバカに出来ないし、最初のうちは抵抗があっても頑張って取り入れるだけの価値がある。



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