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ニューヨークのグラウンドゼロに行ってきた



9.11の忌まわしい事件があったあの場所、グラウンドゼロが今現在どうなっているのか、ニューヨークに来たので見てきた。

現場はマンハッタン島の南側にあって、ノーホー地区やソーホー地区、あるいは、リトルイタリーの南の方に位置している。

バッテリーパークよりはもう少し北側にあって、ワールドトレードセンターがあった2ヶ所は、両方ともモニュメントになっている。

派手なものではなくて、両方とも池のようになっていて、それがライトアップされていた。

たまたま何も知らずに通りかかったら、ここがあの事件の現場だったとはおそらく気付かないはず。

ただの公園とか、なにかのモニュメントが置かれているだけと思って、何の気無しに通り過ぎるのが普通の感覚だろう。

もう随分時間が経っているにも関わらず、いまだ再開発は進まず、宙ぶらりんのままどうしたらいいのか、アメリカ人もはっきりと方向づけをできていないらしいというのが、実際に現場を見てみた感想。

近くの注意書きを見てみると、犠牲者の名前が書かれている板が置かれている旨とか、それに傷をつけている者がいたらすぐに係員に伝えるように呼びかけている看板などもある。

そういったところは非常にデリケートな問題であるだけに、管理者側としても繊細に気を使っているのが窺えた。

世界を驚かせた事件なので、その後は陰謀説が出たり、そもそも事件が捏造されているという説が出たりと様々なことがあったが、現地では痛みが伴う体験として今でも深く刻まれていることは、疑うべくもなかった。



グラウンドゼロから南下

グラウンドゼロを後にした後、今度は南へ下りハドソン川に行ってきた。

その向こう側には煌びやかなビルや自由の女神も小さく見えた。

9.11の当時にアメリカに移住していたとしたら、今頃は日本に帰国していたのだろうか?

もう海外生活は嫌になっていたかもしれない。

グラウンドゼロを見てから相対する自由の女神は、民主主義や、個人が自由を得る上で大きな困難に直面することを示唆しているような気がしてならなかった。

今現在であっても、個人が社会から自由に生きようと思ったら、様々な制約を外さなければいけない。

例えば、会社員として勤めていれば、当然ながら自由なんて手に入らないので、働き方も見直す必要がある。

少なくとも、ドラクロワの「民衆を導く自由の女神」が描かれた当時に比べれば、はるかに自由になることのハードルは下がっているし、もっと言えば、得られる自由の度合いも高まった。

しかしながら、それでもまだ多くの人々は、不自由な生活に甘んじている。

それを望んでいるわけでもなく、嫌々仕事をしている人が少なくないことも間違いのない事実。

9.11の事件のように、いつ唐突に人生が終わるかわからない状態において、不自由に甘んじている暇はないというのが今回感じたこと。

そのためにも、あらゆる可能性を追及していく必要がある。


大切なことを

どんな仕事をするか、どこに住むか、誰と付き合うか?

本当はすべてあなた自身が決めることなのに、
現実の世界ではそれが許されない。

このブログを通して私が伝えたかったのは、
自由に生きるための方法。

しかし、断片的な情報が散らばるブログでは
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執筆者、伊田武蔵
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