海外移住が現実化したきっかけ


初めてだったのかもしれない。自分の意思で環境を大きく変える決意をしたのは。

日本を出て海外移住を決めたのは、何かの出来事が決定的なきっかけだったわけではない。ただ、日本にいる必然性はなくなっていた。パソコンとインターネットさえ使えれば、どこにいても仕事はできる。

海外に出れば刺激的な日常を送ることも、安い生活コストで暮らすことも、花粉症から逃れることも、今までの惰性を一掃する機会を得ることもできる。それは分かっていても、新天地に身を投げ出すのには勇気がいる。

ただ、サラリーマンを辞めて自由になってから、自分で作ったビジネスで生活に十分な収入が得られるようになったものの、生活は惰性によって流されている感じになってしまった。

決して不幸ではない。ただ、このまま人生が終わっていくと思うと、何だか物足りない感じがした。まだ20代。自分の人生の可能性を全力で探ってみてもいい気がした。


ある日、実家で両親と話している時に、不意に口をついた言葉。

「海外に出ようと思う」

両親の反応は意外にも冷静だった。2人とも海外生活なんて考えたこともない、それどころかパスポートすら持っていないが、息子が海外に移住すると言い出したことに明確な拒否反応を示したりはしなかった。

長男であることもあり、どこかで両親のことを考えてしまっている自分がいた。しかし、この時に分かった。それは言い訳だったと。両親を引き合いに出して、未知の世界へ旅立てないことを正当化しているだけだった。

この日は、何となく言葉が口から漏れただけで、具体的な計画はなかった。どこの国に移住するかも未定だった。ただ、ここから移住に向けての動きが始まった。

この時の会話が海外移住のきっかけと言えば、そうなのかもしれない。後付ではあるが。


ただ、元々意識にはあった思いだったわけなので、より本質的なきっかけということになれば、ぼんやりとした閉塞感ということになるのだろうか。

パワハラを受けていたサラリーマン時代のように日々忘れようのないほどの不満があったわけではない。

当時の生活はすでに上がりというか、ここから先の展開が見当たらなかっただけ。次に行くべきステージを考えた時、なぜか海外移住が選択肢にのぼった。

当時はビザの仕組みも大して理解していなかったが、結果的にマレーシアで初めての海外生活を送るようになり、その後はフィリピンでも暮らした。

フィリピンで永住権を取ったのも、海外移住がきっかけでビザが持つ役割に気づいたからこそ。現在進行形で選択肢は広がっているし、必ずしも明確な動機があったわけではない海外移住がその後の人生を大きく前進させてくれた。




率直に言うと

どんな仕事をするか、どこに住むか、誰と付き合うか?

本当はすべてあなた自身が決めることなのに、
現実の世界ではそれが許されない。

このブログを通して私が伝えたかったのは、
自由に生きるための方法。

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