海外生活における日本人の村社会の煩わしさ


陰湿な村社会は日本の田舎から出れば消えてなくなるどころか、実は海外でも一部のエリアでは日本人同士の間で厳然として残っている。

海外移住をすることによって、これまでの既存の人間関係を一気に切り捨てるとか、あるいは距離を置くことができるのは一つのメリットになっている。

人というのは、どうしても関わる相手から影響を受けてしまうものなので、その中にはマイナスのものもある。

実際、古くからの知り合いとか、近所付き合いとか親戚の中で、あまり関わりたくないのに関係を切れなくて悩んでいる人は多い。

都市部ならともかく、田舎に行くほど村社会の色合いは強くなっていくので、そうした関係が嫌いで合わない人には心理的な負担も小さくないだろう。

いまだに新しい商売を始めるために地元で根回しが必要とか、閉鎖的な地域ではある農家が農協を脱退して直販を始めたら村八分にされたとか、そういった話も聞く。

海外生活を始めるのにあたって、そういったところから解放されることがストレスを減らすことができた大きな要因だと語る移住仲間も少なくない。



ただし、海外にも村社会が存在する


海外生活を始めると、日本人社会の閉鎖性であるとか、村社会的な面倒な関係や、妙な掟のようなものがあったりして、それが鼻につくことも珍しくない。

例えば、ベトナムのホーチミンにおいて日系の会社でビジネスをしている人の話によると、もともと日本人が少ないということもあって、そういった会社同士の付き合いであるとか、あるいは直接的、間接的な人間関係は濃く、さらに言えば、和食レストラン等では、実際に顔を合わせたりすることも多いので、ある種の村のような社会が形成されているという。


こういったことは、私もマニラにおいて目にしてきた。

例えば、マカティのリトル東京という和食レストランが集まるエリアでは、頻繁にカラオケ大会等のちょっとした祭りが催されていた。

そこでの主催者であるとか、役員の紹介も常に企業の序列であるとか、その会社内での肩書きとか、そういったものも含めて紹介するというのが、ならわしになっていた。

ある意味で言うと、日本の国内で生活をしている場合以上に、肩書きが物を言うのが駐在員を中心とした日本人の村社会の特長で、部外者としては少々気持ち悪かった。

この序列づけは、ベトナムや香港においても同様ということを耳にした。

さらに言えば、ヒエラルキーのトップに位置するのが銀行で、上場企業でもメーカー系はかなり序列が低いらしい。

フィリピンの場合で言えば、在留者数はおよそ19,000人、その人数がマニラやセブを中心に分布しているわけなので、村社会が形成されても不自然ではない規模感。


日本人の場合、だいたい人口の1%にあたる100万人前後が、海外で生活をしていると言われるが、そのうちのかなりの割合を駐在員が占めている。

その他にも、ワーキングホリデーであるとか、留学生とか、あるいはリタイアメントをして老後を他の国で過ごす人もいるが、これらの層は比較的影響力が薄い。

何しろ留学生はまだ学生の身だし、1年とか、あるいはせいぜい数年間でその国から出ることを予定している。

さらに言えば、留学生がその国の社会において影響力を持つということは基本的にない。

何しろ彼らには社会的立場も経済的な力もないわけで、それは日本国内にいた時も、海外に出ても変わらない。

ワーキングホリデーに関しても、年齢が比較的若いということと、社会的な立場がないということについては同様。

しかも滞在期間も通常は1年以内だし、それほど日本人の村社会の中に根付く必要もない。

こちらは基本的にアルバイトをしながら海外生活を楽しむという趣旨のものなので、この点も納得できる。

さらに言えば、リタイアメント世代というのも過去の人として扱われることが多く、現役世代ほどの影響力は及ぼさないことが多いが、こちらも過去の肩書があれば、話はだいぶ変わってくる。


こうして駐在員が日本人の村社会の中枢を占めるようになってくるが、そこに居心地のよさを感じなければ、最初から距離を取った方が住みやすくなる。

私のようにフリーランスの場合は、それができるので、かなり精神的にも楽に海外生活を送ることができるが、日系の企業に勤めていると、そうも言ってられない場合もあるので、ここら辺はかなり面倒な点となる。


特に子連れで海外移住をしていて、日本人学校に子供を通わせるような場合だと、完全に交流を絶つのも難しい。

その上で日本人が多く住む海外のコンドミニアムに住んだりすると、子供の親としての社会と、物理的な居住環境の距離の両方がつながることになり、陰湿な人間関係に悩む人も。

もちろん悪い面ばかりではなく、相談相手やお茶を飲む友達ができて喜ぶ人もいるが、閉鎖的な村社会の負の要素をはらんでいるのも事実。

快適に海外生活を送るため、個人的にはそうした面倒なつながりからは距離を置くようにしている。



海外で村社会との関係が深くなりやすい人


もっとも、日本企業に勤めているサラリーマンと家族が、海外での村社会の主な構成要員。

加えて、日本人学校に子供を通わせている親も、登場人物になる場合がある。

逆に言えば、この条件に当てはまらない限り、望んでいないなら余計なつながりは発生しない。

私は個人で事業をしているし、現地の日本企業向けの営業活動等も行っていないので、村社会の気持ち悪さとは無縁な海外生活を送れている。

マレーシアに住んだときも、その後にフィリピンに移住してからも現地で日本人の移住仲間ができたりはしたが、気持ち悪い人と付き合う必要はどこにもなかったし、相手を選ぶことはできた。

別に仕事で会っているわけではないので。

もっとも、土地の広さの割に日本人が集まるエリアは限られていて、約束もしていないのにばったり遭遇する辺りは、田舎に近い印象はあった。

これは大都市マニラであっても言えること。

先程のリトルトーキョーや、グリーンベルトというショッピングモールは日本人や外国人が御用達の場所で、偶然知り合いに遭遇することも。

そのあたりの世間の狭さは、日本人の多い一部の海外の街には存在することも事実。



チェンマイで聞いた老後の怖い話


タイは日本人に人気の国だが、
チェンマイはリタイアメント層の移住者が多い。

実際、チェンマイの和食レストランで食事をしていると、
バンコクに比べて日本人の客層の年齡が高い。

チェンマイに1ヶ月ほど滞在していた際、
偶然耳にした話がある。

移住者同士で揉めたことがあるらしく、
それが仲間内で伝わって一方が気まずくなり、
チェンマイにいられなくなって日本に帰国したとのこと。

高齢者同士でコミュニティーを作ること自体は
海外でも日本でも意味のあることだろう。

生活の時間も合うだろうし、
駐在員と違って時間がたっぷりあるわけなので
スケジュールもお互いに合わせやすい。

ただ、閉鎖的な村社会の中でトラブルがあれば、
それは瞬く間に周囲に波及する。

それは田舎のようでもあるし、
学校のようでもある。

その結果、永住する気だったかもしれない街にいられなくなり、
帰国を余儀なくされるというのは気の毒なこと。

関係を断とうと思っても、
限られた和食レストランで
運悪く再会したりする気まずさは避けられない。

日本人は海外に出ても、
わざわざ村社会を作るのが好きな習性があるのか、
あるいは無意識に刷り込まれていて
思わずそうした関係を築いてしまうのか?

どちらにしても、怖いことだと思う。



率直に言うと

どんな仕事をするか、どこに住むか、誰と付き合うか?

本当はすべてあなた自身が決めることなのに、
現実の世界ではそれが許されない。

このブログを通して私が伝えたかったのは、
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