社会生活を送ることを放棄したら人生が好転した


子供の頃からいまいち社会生活になじめずに、
常にクラスの中でも若干浮いた存在だった。

クラスメイトの輪を一歩離れたところから見るような距離感。

それは大人になっても変わることはなく、
サラリーマンとして歯車になることに
喜びや意義は見いだせなかった。



しかも初めて就職した会社がブラック企業で
パワハラが日常の風景になっていたため、
ますます会社員として生きていくことに嫌気が差した。

そして、私は社会生活を放棄することにした。

まともな社会人を装うのはやめて、
社会不適合者であることを受け入れた。



その結果、どうなったのか?

生活は困窮を極め、
人生の辛酸をなめることに・・・ならなかった。


独立して自分のビジネスを始めたが、
誰かを雇うこともなく1人で行っているので
余計な人間関係にわずらわされることがない。

最初の3年ほどは顧客や取引先とのやり取りも
ほとんど生じない内容だったので
ストレスが溜まることはなかった。

もう社会生活を送っているとは言えない状態だったが、
収入はサラリーマン時代を簡単に上回る結果に。



歯車としてシステムの中に組み込まれるよりも、
自分で仕組みを作るほうがはるかに有利な立場になることを
身を持って実感できた。

そして、もう日本にいる必要もなくなった。

仕事は海外にいても続けられる。


そこで、マレーシアに移住してしまった。

下見もないままに手荷物だけで移住し、
これまでの人間関係は自然に清算する形に。



仕事は自宅やカフェ、旅先で行い、
上司も部下も同僚もいない。

現地で日本人会に入るわけでもなく、
駐在員ともまったく関係がない。

子供もいないので、
親同士での交流という機会もない。


およそ社会生活とは縁遠いが、
不思議とマレーシアでは友人が増えていった。

移住直前に知り合った1人の友人を起点に、
そこから知り合っていく形で。



友人が日本人ばかりなのに、
日本にいる時のような息苦しさを感じなかったのは、
彼らも常識に縛られていない存在だったからだろう。

ふと思い立ってマレーシアに移住したり、
その生き方に共感してスタッフになったり、
子供を留学させるために夫を残して母子でやって来たり、
日本ではかなりの変わり者のくくりに
入れられる人が集まっていたので。



社会生活が最も順調に成り立っていたのは、
マレーシアに住んでいた2年間。

ただ、この街は退屈すぎた。

このまま年を取っていくのは耐えられず、
またもや下見なしでフィリピンに飛んだ。

今度は移住も初めてではないので、
現地でコンドミニアムを見つけて生活を始めるのにも
それなりの自信があった。


そして、フィリピンでは知り合いが0の状態からなので、
社会生活も何もあったものではなかった。

それが特に苦にもならないところに
自分の適性が明らかに会社勤めに向いていなかったことに
改めて気付かされた。


しばらくしてから、
マレーシア時代の友人がフィリピンの知人を紹介してくれたので、
誰も知る人がいないという状態からは抜け出せた。

いくら社会生活が苦手とはいえ、
いつまでも知っている人が1人もいないというのは
さすがに淋しかったので助かった(苦笑)。



こんな感じで、もう社会に無理になじもうとか、
普通の人とみなされるために頑張ろうという気が一切ない。

そんな評価を受けたところでメリットもないし、
他人の目を気にして生きるのが不快なだけなのは
これまでの人生でよく分かった。

自分の基準で生きることができるようになって
気分も楽になったし、
余計なしがらみからも解放されている。

ずいぶん遠回りした気もするが、
これでよかったのだと思う。



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執筆者、伊田武蔵
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