海外に移住してから変わった人から学ぶ機会が増えた

毎日毎日、機械のように仕事を続けていた。

サラリーマンを辞めた後も、
規則正しい生活がもっとも快適という結論に落ち着いたため、
同じような時間に自然に目を覚まして、
似たような生活を送った。

午後になって仕事の疲れが出ると、
近所をブラブラと歩きまわる。


変わり映えのしない景色に飽き飽きしていたが、
近隣住人から見ると事態はより深刻だったのかもしれない。

「平日の昼間から毎日うろついている怪しい男が出没!」

「公園の外から様子をうかがう不審者が頻出する事案発生!」

そんな警戒をされていたとしても、不思議はない。

スーツも着ないで昼間から住宅街を歩いていたのだから、
自分で意識していたより浮いていた可能性は十分に考えられる。


独立してから、どこに住むのも自由だった。

いつ仕事をするかも自分で決められるし、
日々同じ生活を送る必然性はどこにもない。

しかし、何をしたらいいのか分からなかった。

サラリーマン時代のパワハラから逃れられた喜びも薄れてきた頃、
そろそろ次のステージが必要なことに気付いた。


そのために選んだのが海外移住だったのは、
偶然の要素が少なからずあった。

過去に一度だけ海外旅行に行った経験が
記憶に残っていたのも影響はしていた。

それでも必然性のある決断とは言いがたい。


なぜか必然性のないこの決断をしたことは、
幸運に恵まれていた。

たった1つの偶然から始まった生活に、
必然性を重ねていった末に今があるのだから。


すべては連鎖していた

私が当初海外に出た時には、
投資修行の意味合いもあった。

しかし、それ以上に海外を活用しようと思っていたわけではない。

移住だけで十分すぎる刺激だと思っていたので。


しかし、マレーシアで出会った移住仲間の道元に誘われ、
移住2ヶ月後には初バンコクを体験した。

その時に再会したタワラにプーケットの自宅に招かれ、
急遽バンコクからプーケット行きの航空券を予約した。

タワラは日本以外も含めて複数のビジネスを行いつつ、
大部分が自身の手を離れている状態を作れていたので、
時間を持て余していた。

その後二晩、彼の人生観について話してくれた。

複数の国に自宅を持ち、
人生を謳歌している彼の言葉は
当時の私には現実離れした夢の世界の出来事のようでもあった。

彼がバンコクではなく
プーケットの海が見える丘の上に自宅を買った理由、
各国の自宅の使い分け方、
最近始めた事業の目的、
資産構築が一段落したので行った方針転換と
その後の資産防衛のための手段、
豪邸に住みながらも健康を優先した質素な生活を送っていること。

当時は理解できなかったことも、
後になって徐々に腑に落ちていった。


移住先で海外生活のイロハを教えてくれた道元もまた、
両手で数えきれない数の海外法人を2年で設立し、
アジアを中心に飛び回る猛者だった。

一緒にいる時間が長かったので、
学ばせてもらうことも多かった。


ジョホールバルの移住仲間の中には、
フィリピンの奥地へ、さらにコソボへと移住した蓮司もいる。

「なぜ、そんな場所に・・・」
と周囲が唖然とする決断を次々に繰り返す彼の背中から
刺激を受けずにはいられなかった。


他にもバンコクで次々に新規事業を起こし、
現地で彼女も作り人生を謳歌するTeru、

子供の教育のため
中国の国境付近の街に住んだ後、
セブへ家族で移住したカンザイ夫妻をはじめ、

各国に散らばる仲間達から多くを学んだ。


彼らの助けや刺激がなければ、
海外を今のレベルで活用できるようになるまでに
10年以上の時間がかかったと思う。

あるいは、途中であきらめていたかもしれない。

そんな人生があるということに、
リアリティーを感じられなかったから。


テレビや本の中で、
世界中を駆けまわっている人を見ても他人事だった。

自分がそんな生活を送れるようになるまでの道筋が見えなかったし、
芸能人やスポーツ選手を見るように
別の世界の出来事と傍観していた。

周囲に海外を活用している人が出てきて、
初めて実現可能であることを確信できた。


新しい世界に飛び込む際の仲間の存在の大きさ。

海外に出てから、つくづく感じたことだった。


日本にいる頃には人間関係に恵まれた方ではなかった。

サラリーマン時代のパワハラ上司は極端な例としても、
特にあこがれるような人もいなかった。

それは単純に不運だったというより、
自分自身が行動していなかったこと、
軸がなかったことが少なからず関係している。

ただ漫然と生きているだけだった私に、
自分の生き方を確立した人が
わざわざ興味をもつ理由があるはずもない。

周りにあこがれられる人がいなかったのは、
当時の私自身のステージを反映していた。


自分の目指す方向が見つかってからは
人間関係に恵まれるようになったが、
それにしても運が良かったと思う。

この3年半でたどってきた出会いは、
あまりにも恵まれているとしか言えない。


私自身は、根っからの国際人ではない。

幼いころに海外で過ごしたことも、留学経験もない。

英語はいまだに片言だし、
どんな汚いホテルにもなじむバックパッカーの適応力もない。


それでも、今では日本に戻る気が起こらないほど、
海外を楽しんでいる。

5月には3年ぶりに日本に一時帰国をしたが、
それも用事があったからこそ。

そうでもなければ、
基本的に日本入りする理由がなくなってしまうほど
快適に暮らしている。


今の私はほぼ30年日本に引きこもった過去とのバランスを取り直すように、
集中的に海外に身を置いている状態。

知識・経験のウェイトが日本ばかりに集中している状態を脱したら、
いずれ日本も再び居住国候補になると思う。

そのいずれがいつになるのか、
それは見当もつかない。

だいぶ先になることは間違いないだろう。


海外を飛び回るようになってから3年半。

それだけの期間だからこそ、
どんな過程を経てきたか、
何に困ってきたかが理解できる。

もし幼少の頃から世界を飛び回ってきたのなら、
日本人が世界に出る時に何に困るのか分からないはず。

そうした状態に陥らないうちに、
海外を活用するための道筋を作っておくことにした。

興味があるなら
今すぐ資料を確認して、
この環境を最大限に活用していただけばと思う。


移住というテーマに絞るつもりもないし、
むしろ移住は5つの柱の1つにすぎない。

旅・遊び・投資・避難先の確保・移住。

その5つの中から興味のあるものを選び、
生活の中に取り入れてみてほしい。


すべてを活用する必要はないし、
そうする人はむしろ少数派のはず。

ただ、あえて5つのトピックを組み込んだのは、
個別に1つ1つを活用するよりも効率がいいから。

取り入れる予定のないものは飛ばして、
あなたにとって必要な部分だけ活用して頂ければと思う。


人は環境に左右される生き物である以上、
環境を変えることで人生も大きく変化する。

それは私自身がたどった道であり、
私がこの数年出会ってきた人達が証明しているところ。


海外に移住するのは本当に難しいのか?


日本を出て海外に住むようになってから
「海外に移住したい」という話をよく聞くようになった。

同時に、

「英語が苦手で・・・」

「海外での部屋選びで失敗しないか不安」

「他の国での生活を想像できない」

「下見で何を確認したらいいか分からない」

「移住後の仕事やお金が問題」

等々の様々な不安や悩みも耳にする。

そこで、10年以上海外で暮らし、
4ヵ国に住んできた経験を凝縮した電子書籍、
『「いつか海外に住みたい」を手の届く現実にするための本』
を無料でプレゼント
することにした。


電子書籍の目次等も掲載しているので、
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