台湾・花蓮市の地震の揺れは台中でもはっきり感じられた


昨夜の中で地震を感じた。

昨日だけではなく、ここ数日はこのような現象が続いている。

応急処置的に枕を頭の上に掲げてみたが、慎ましくも無力な防衛手段にしかならないだろう。

いざ、天井が崩れ落ちるようなことがあれば、もはや枕や布団で防御できるものではない。

そしてなによりも、建物の1部が倒壊する様な事になれば、15階のこの部屋が無事でいられるとは思わない。

エレベーターも当然動かなくなるだろうから、階段で1階までおりなければならない。

しかも、外は気温10度を下回る気温。

最低気温が氷点下にもなる東京に比べればずっと暖かいが、それでも外は冷え込んでいる。

こんな寒空の下で、一夜を過ごす事になるとしたら、それだけでも十分に体調を崩しかねないほどの試練となる。

震源地に近い花蓮市では、ホテルの1階が倒壊したという情報も入ってきている。

寒波と地震のコンボ攻撃というのは、まことにもって自然は容赦がないことを思い知らされる。

当然と言えば当然だが、そこには慈悲などない。

地震大国から出て、こうして海外で暮らすようになったが、台湾に住むようになったことで、再び地震が他人事でなくなった。

ほとんど地震が起きない国で生まれ育った人が日本で地震を経験すると、驚くほどおびえると言うか、たとえ日本で生まれ育っても、数年ぶりの大きな地震は心恐怖の色に染めるのに十分な威力を持っていた。

たとえそれが震度3のレベルであっても。

15階の高さゆえか、揺れは不気味に長く続き、これから起こる大地震の前兆ではないかと疑わざるを得なかった。

東日本大震災においても、渾身の他に余震が繰り返し起こっていたいるので、こういった間には敏感になってしまう。


とは言え、花蓮市と山脈を挟んで西に位置する台中はすでに通常通りに日常が進んでいて、台湾が国家として混乱している様子はない。


台湾・花蓮市で起こった震災について日本でも話題になっているようで、日体の絆が強調された報道をいくつも目にした。

ちょうど台北に滞在した阿部寛が寄付を行った話や、過去の日本の震災において台湾がどれだけ日本を支援してくれたかの振り返りも目にした。

折り悪く、台湾は旧正月を眼前に控えており、日本で言えば年明けの時期。

本来なら一年で最もめでたい時期であり、旅行シーズンでもある。

花蓮市で被災した方々にとっては、地震によって散々な状態で旧正月を迎えることになるのは気の毒だが、一日も早く復興してほしいと思う。



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