極点社会は悪なのか?地域特性を分ける考え方も・・・


少子高齢化が進んでいく中で、特定の大都市に人口が集中してしまう極点社会の到来が危惧されている。

高校や大学を卒業した若者が大都市に移るのは、なにも今に始まったことではないし、まったく新鮮さがない。

にも関わらず、わざわざ極点社会という大げさにも思える名前の単語が持ち出されるのはなぜか?

それはマスコミの単なるイメージ操作ではなく、若い女性と出産率という点に注目すると、危機感をあおられる事実があるから。

東京や大阪、福岡のような大都市に若い女性が集中すると、結果的に地方は出産する若い女性が少なくなる。

農家の嫁不足のようなもので、たとえ収入的には良好な一部の農家であっても、若い女性が地域社会において極端に不足しているために結婚できず、子供もできないという事態に陥る。

農業と言えば儲からない仕事と思われがちだが、年収800万円程度の農家は以外にあるが、それでも嫁不足は解消されない。


極点社会とは、このような状況において地域によって出生率が極端に下がってしまうという問題点を秘めている。

これは将来的な地域コミュニティーの消失につながるために問題視されているわけだが、それ以前の段階でも問題が起きる。



極点社会がもたらす問題

人が少なくなった地域では、十分な生活サービスを受けることができなくなってしまう。

例えば、交通インフラが弱くなってバスが来ないとか、あるいは買い物をするスーパーが存在しないとか、そういった問題が起ることが予測されている。

こういったことは、基本的には危機の到来という文脈で語られることが多い。

久しぶりに日本に戻ってきてテレビを付けていたら、まさにそのような文脈で、極点社会をコメンテーターが語っていた。

しかしながら、極点社会は必ずしも負の側面ばかりではない。

というのは、ある意味で効率がいい設計のコミュニティを作るきっかけにもなるため。

日本中に人が分散することによって、社会コストが極端に増大してしまうということは明らか。

例えば、離島であるとか、あるいは過疎地にまで水道や電気のインフラを引かなければいけないということになれば、それを維持するだけの費用でも大変になる。

しかも今の日本は昭和の時代の東京オリンピック後に作られたインフラが老朽化しているので、ただでさえ維持や修復に費用がかかっている。

さらに言えば、光ファイバーの設置とか、そういった新しい設備というのも、田舎の方にまで全て行き渡らせようとしたら、日本は莫大なコストを抱えなければならず、財政がこれだけ悪化している状況にもかかわらず、より大きな費用を捻出しなければいけないということになる。

国が豊かな時代であればともかく、今のように経済が困窮して、加えて将来的な見通しも暗い状態においては、取捨選択というのは必然的に求められることになり、そう考えてみると、極点社会というのは、一つの希望の形ではないかと思う。

今回限界集落と言われるような地域も、視察のために車で色々回ってみた。

私自身はペーパードライバーなので運転はしないが、助手席に座ってそういった地域を見てきたが、やはり生活コストが非常に高くなってしまう。

本人が支払う分はそれほどでもなくても、例えば郵便であったりとか、あるいは新聞の配達とか、さらに水道や電気、ガスといったインフラであったり、こういった社会が提供しているコストというのが、とにかく高い。

そう考えてみると、もっとコンパクトに国を経営していくというのも、一つの方法ではないかと思う。

いわゆるスマートコミュニティの発想に切り替え、切り捨てる地域とそうでない地域を冷静に区分すること。

それが現在の日本に求められているように感じる。

極点社会を解消することによって解決するのではなく、受け入れてうまくやっていこう方が現実的ではないかと。


もちろん長く住んでいた場所に執着をもっていたり、あるいは、そこを終の棲家として決めている人がいるというのもわかる。

それはそれで、住む場所の自由というのは憲法にも保障されているわけなので、その権利を侵害するわけにはいかない。

となると、ある程度の不便を強いられる地域と、利便性は高いが縁のない都市の二極化というトレードオフを進めていくのも一つの手ではないかと思う。

つまり、最低限のラインを下げて、利便性を取るのか、それとも故郷への愛着を取るのか、これをそれぞれの人に選んでもらうのが現実的な対応なのではないかということ。


日本人は高度経済成長時代以降、恵まれた環境で生きてきたので非常に権利意識が強いし、弱者保護の観点も強い。

それはそれで美徳ではあるものの、もうすでに社会が全ての人を救済することができるほどの力を持っていないということを考えれば、何らかの妥協点を見い出さざるを得ない。

その中で、極点社会というのは、一つの危機としてとらえるだけではなく、チャンスとして考えるということもできるはず。



参考になりそうな国

私は日本を出て海外移住してから、
日本とフィリピンで暮らしてきた。

このうち、フィリピンは参考事例として面白い。

人口が減少していくことが問題な日本と違い、
フィリピンはピラミッド型の人口動態を示しており、
これから人口が増加していく流れ。

その意味では日本を先取りした国ではない。


というより、日本が世界でも率先して
少子高齢化社会に突入するのは避けられない。

その中で、極点社会に限らず、
人口減少や高齢化が同時に起こる社会を
先取りしてくれる国は存在しない。

そんな中でフィリピンを参考事例にできるのは、
国としてのリソースの集中投下具合。

フィリピンはまだまだ貧しい国な上、
7000以上の島に分かれた国。

インフラ整備もままならない。

そして、国際的なイメージも決して良くない。

汚く、危なく、いかがわしいイメージを持っている人も多い。


一方、エルニドやボラカイは世界的なリゾートだし、
セブやマカティのような外国人居住エリアもある。

こういった外貨が落ちるエリアは
集中的に開発し、インフラを整備し、治安も改善するのがフィリピン。

さらに、イメージが悪い国全体を美化するのではなく、
ボラカイ等の地名でブランディングを図っている。

こうした強かさを日本も見習って、
選択と集中を進めていけば
まだまだ文化的な水準も高いのだし、
面白い結果を出せるはず。

どの地域も同じ役割を担う必要はないし、
ライフステージの中で極点社会を離れたり、
子供を連れて戻ってきたりしてもいい。

極点社会を忌み嫌うのではなく、
迫りくる脅威に対応することによって
硬直したライフスタイルを打ち壊す救世主として
再定義することも可能なのではないだろうか。



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