海外を居住地や投資で活用する生き方

サラリーマンを辞めた時、
まさか海外に住むことになるとは思わなかった。

初の海外移住となったマレーシア生活を始めた時、
各国を飛び回る非定住生活や世界一周をするとは、
まったく予想していなかった。

ビザなしでとりあえず海外生活を始めてみた時、
まさかフィリピンの永住権を取るとは考えていなかった。


この数年、現実が予想を上回るスピードで進んでいる。

海外に資産を分散し、構築してきたこともそう。

フィリピンで永住権(クオータービザ)を、
マレーシアでリタイアメントビザ(MM2H)を取ったこともそう。

住んでいる国ではなく、
購入する物の安い国で商品を買い、
実質的に旅費を浮かせることもそう。


大きな変化が連鎖的に起こり、
私の人生はプラスの方向にどんどん加速していっているのを感じる。

本来、こんな流れを作るのには
膨大なエネルギーが必要なはず。

事実、独立前から個人ビジネスに取り組んでいたが、
こちらはひたすら実験を積み重ねていきながら方法論を作り、
力を身につけていった。

一朝一夕で劇的な変化が起こるはずはない。

だからこそ、世界4大自由倶楽部メンバーにも
安易な方法は推奨していない。

簡単にビジネスが作れるという宣伝なんて、
誇大広告であるのが関の山なのだから。


ビジネスの例でもそうだが、
基本的に人生を大きく変えていくのにはエネルギーが要る。


一方で、海外に出てからの生活ということで言えば、
なかば半自動で進化してきた感がある。

気がついたら、海外を活用していた。

もちろん、何もせずに状況が進んでいったわけではなく、
私自身は楽しみながらより快適な方向に動いただけ。

より住みやすい場所を求め、
マレーシアからフィリピンに移住した。

より楽しく遊べる場所を見つけるため、
タイ、インドネシア、ラオス、オーストラリア、
アイルランド、ポルトガル、ポーランド等の
世界各国を訪れた。

より安全に資産を構築しようと思っていたら、
各国に資産を分散することになった。

より安心して将来を迎えられるようにしたら、
永住権やリタイアメントビザを取得して、
確実に住める場所を確保する流れが待っていた。


ただ楽しんだり、快適を求めていたら、
どんどん先に進んでしまっている。

そんな流れができた転機は、
とりあえずという感覚で海外を活用し始めたことだった。

日本国内にとどまって進展のない人生に飽き、
マレーシアに移住したのが2011年2月。

そこから非定住生活を始めるまでにかかったのが3年と1ヶ月。

文字通り劇的な展開だった。


今では世界中を飛び回るようになったが、
それは私の体だけではない。

たとえば、私の資金もまた、
世界各国を瞬時に移動している。


こうした海外を活用した生き方をする者を、
ワールドホッパーと呼んでいる。

海外に出てから知り合った友人達は、
この傾向が強い。

そして、ワールドホッパーとは
必ずしも海外在住とは限らないし、
多くは非定住生活をしているわけではなく、
特定の国に自宅を持っている。


たとえば、私がこれまでに出会ってきたワールドホッパーの中には、
こんな人達がいる。


無料で旅するワールドホッパーOL

元々20代後半に差し掛かるまで
ブランドが好きだったこともあり、
彼女は海外に行って買い付けをしてくる経験をしていた。

買い付けと言っても仕事ではなく、
自分で使いたいという理由で。

OLとしての給料は限度があるので、
その中でいかに自分の欲しいものを買うかを考えたら、
安い国に行くことになったと言う。


それが友人に頼まれて買ってくるようになり、
ヤフオクで売るようになって利益を出し始めた。

為替のバランスもあるが、
タイミングの良い時には旅費がタダどころか、
1回の旅行で10万円以上の利益を出したこともあるらしい。


最近は本人のブランド熱が一段落して無添加コスメにはまりだし、
旅先でもそうした物を購入しながら、
一部はヤフオクで販売して旅費を稼いでいる。

会社勤めを続けながら、
多い時は月に3度も海外に行っているという。

旅行があまりに頻繁なので、
同僚に黙って金曜の夜に出発し、
日曜の夜に日本に戻って何食わぬ顔で月曜に出勤、
という生活を送っている。


名古屋在住、50代の男性ワールドホッパー

彼はこれまで1つの会社でサラリーマンを続けながら、
海外を活用してきた。

すでに息子さんの1人は社会人になり、
もう1人も近々そうなると言う。


元々東南アジアが好きだったこともあり、
フィリピンとタイにコンドミニアムを買い、
それぞれの完成までは下見を口実に、
建物完成後は現地の確認を口実に出向いている。

実際のところ、95%以上は遊びが目的らしい。


引退後のために資産を海外に移しつつ、
奥さんに隠れて夜遊びを。

そんな感じで2ヶ月から3ヶ月に1度、
週末と祝日の3連休を中心にそれぞれの国に足を運んでいる。


子供の教育を優先したワールドホッパー家族

3.11による放射能の不安、
そして子供により良い教育を受けさせるため、
母子だけでマレーシア移住を決断した一家。

夫だけは日本に残って仕送りをしながら、
子供はマレーシアで名門大学の付属校へ。

この一家の夫には会ったことがないが、
奥さんのバイタリティには驚かされた。

彼らはワールドホッパー家族と言ってよいだろう。


住む場所・子供の教育の場所を柔軟に考えつつ、
お互いに都合をつけて行き来するというライフスタイル。

夫が日本から必要なものを持ってマレーシアに来たり、
奥さんと子供が年に何度か日本に行ったりしている。

日本の安全が確認できない段階で、
こうした動きを取れるのもワールドホッパーの強み。


震災後、
「原発のことがあるので、早く海外移住したいです」
というメールをもらうことは多かったが、
実現したのは一部の人だけ。

一方で、見事に国をまたいで
新しい環境を作った人もいる。



ワールドホッパーとして生きるというのは、
ある種日本人の特権でもある。

その最たる例はパスポート。

あの赤いパスポートをかざせば、
ほとんどの国にビザなしで入国できる。


逆に外国人が日本に旅行しようと思っても、
多くの場合ビザの事前取得が要求される。

最近ではアジア各国に対して日本は条件を緩和しているが、
まだまだ海外に行くだけでも不自由な国が多い。


それをあらかじめクリアしている時点で、
日本人は恵まれた状況にあると言える。

スタートの段階で優遇されているわけなので。


そして、海外に出て感じたのは、
日本人は多くの可能性を世界に秘め持っているということ。

世界には約200の国がある。

日本もそのうちの1つ。


ということは単純計算で、
世界には日本の200倍のチャンスがあるということ。

これはさすがに単純化しすぎた話ではあるものの
大きな可能性が眠っているのは事実だし、
それに気づいてからの私は日本に一時帰国することすらほぼなく、
ひたすら海外を周っている。

30歳になる直前までは、
海外旅行すら1度しか行ったことがなかったのに。


世界中を飛び回りながらワールドホッパーとして生活しているのは、
その可能性に魅せられてしまったから。

そして、海外の、各国の活用法を知れば知るほど、
その先を知りたくなってくる。

こうしてこの数年間の劇的な変化はもたらされたし、
今後もその流れが続く模様。

ワールドホッパーという生き方の可能性を知ってしまった以上、
もはや元の生活に戻る気は到底しない。


海外に移住するのは本当に難しいのか?


日本を出て海外に住むようになってから
「海外に移住したい」という話をよく聞くようになった。

同時に、

「英語が苦手で・・・」

「海外での部屋選びで失敗しないか不安」

「他の国での生活を想像できない」

「下見で何を確認したらいいか分からない」

「移住後の仕事やお金が問題」

等々の様々な不安や悩みも耳にする。

そこで、10年以上海外で暮らし、
4ヵ国に住んできた経験を凝縮した電子書籍、
『「いつか海外に住みたい」を手の届く現実にするための本』
を無料でプレゼント
することにした。


電子書籍の目次等も掲載しているので、
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