日本の教育費の少なさは子供だけではなく大人にも悪影響


少し古い統計にはなるが、2012年のGDPに占める教育機関への公的支出の割合が3.5パーセントで、比較対象となった32か国の中で、残念ながら日本は最下位となってしまった。

もちろんこれは、GDPに占める割合なので、絶対額ではないものの、いかに教育機関への支出が少ないかがわかる。

ちなみに、国立や公立の小中学校の教員の給与の傾向というものをみてみると、勤続15年のモデルの場合、OECDの平均においては、給料は増えていく傾向にある。

しかしながら、日本は真逆で、2005年から2013年の間に、6パーセント減少している。

こうした教育への支出の少なさと直接連動しているわけではないだろうが、日本はIT知識テストにおいて、16か国の中でマレーシアと並んで最も低い結果になってしまった。

また、しばしば言われることだが、起業や冒険心においても、日本はだんとつでワースト1位と言われることが多く、日経が示したグラフによると、赤ん坊の睡眠時間についても、12時間足らずと昼と夜に寝ている時間を併せた時間の長さが比較対象の中で最低だった。

ちなみに、最も多いニュージーランドの場合は、赤ん坊が1日に寝る時間が13時間以上と、日本とはだいたい1時間半位の差ができている。

教育が国力の石杖であるということは古くから指摘されてきたことだが、現在の日本の大学教育等の放蕩教育を見る限り、無駄に資金をじゃぶじゃぶと使っているだけで、そもそも学生は勉強していないし、国際競争力のあるような知識や技術を手に入れているわけではないので、ある程度基礎能力が高まってくる幼児期であるとか、せいぜい小学生位までの時期にしっかりとした教育を施しておけば、あとは子供の自主性に任せるとか、環境に依存することになる。

結局のところ、親がどれだけない頭を振り絞ってみたところで、子供の将来を盤石なものにすることは到底不可能。

むしろ問題なのは、幼児教育が貧弱なこと以外だと、大人になってからの自分自身への教育費があまりにも足りていないことではないかと思う。

日本は、アプリの課金額で言うと他の国に大差をつけて1位であるという結果も出ているが、では大人になって、ビジネスにおいて、どれだけ自己投資をしているかということを考えると、ごく一部の例外を除けば、ほとんど何もしていなかったりとか、せいぜい半分娯楽の様な本をちょっと読んで賢くなったような気になっている、という程度が大多数ではないかと思う。

子供の頃であれば、例え中学生であっても、午前中の8時半からだいたい毎日午後の3時とかその位までは、休憩時間を挟むとはいえ授業を受けることになる。

その真剣度であるとか、教育のレベルがどうであるというのはとりあえずさておき、それだけの時間を教育に子供ですら投資しているというのに、大人は1日30分すらも学習することに使わず、さらに言えば、費用という面でも、ろくに支出をしないというのはいかがなものかと思う。

そもそも、大人になってからの本は、自分の人生の方向性とか、足りないものというのはわかっているはずで、それを補うために学習をしたり、あるいは職業訓練を受けたりと、セミナーに行ったりとか、いろいろやる価値のあるものは山積みのはず。

しかしながら、そういった意識が欠落している人が意外にも多いことに愕然とする。

子供の頃の教育というのは、いつか役に立ったらいいし、大部分は直接的に使われる知識ではないだろうが、人格形成に役に立つかもしれないという、かなり曖昧な費用対効果が取り合うかどうかがわからないままに使われているお金に対して、大人の場合はもっと直接的にコストパフォーマンスを計れるわけだし、直接的にお金を稼ぐということではなくても、例えば、健康を維持するために、東洋医学やアーユルヴェーダを学ぶとか、保存料等の添加物について勉強するとか、いろいろとやることはありそうなもの。

大人が学ばない社会であるということは、子供もその背中を見て、直観的に勉強は必要ないもの、あるいは苦痛であると認識することになってしまう。

子供の教育制度をうんぬんする前に、まずは大人が、自分自身が当たり前のように日々学ぶということを継続していくことが求められているのではないか。


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