等価交換の原則は絶対法則なのか


鋼の錬金術師で出てくる設定として、等価交換の原則というものがある。

これは錬金術によって生成するものは、その代償として同等のものを必用とするという法則。

等価交換の原則と似たようなことは、現実世界でも語られることが多い。

例えば、経済的に成功した人というのは、家庭生活であるとか、健康とか、どこかで犠牲になっているものがあったり、あるいはどこかのタイミングで破たんをしたりするということ。

こういった話題は古今東西語られているし、マーフィーの法則のようなものもある。

しかしながら、実際にそうなのかというと、その法則には当てはまらないような事例も、多々見受けられるのは事実。

例えば仕事に手を抜いてダラダラと生きていて、なおかつ家庭も崩壊し、健康も害して、人間関係もボロボロという人は、現実に存在する。

私がかつて勤めていた会社においても、部署内の誰からも軽んじられていて、仕事への情熱は全く見られず、さらにどうやら体も病気がちな上に、家族関係も思わしくないという人がいた。

しかもその人は途中で実質的な解雇をされることになり、何年も務めた会社にもかかわらず、まともな挨拶もないまま去っていくことになった。

というのもある日の朝、出勤してきてそのままミーティングルームに連れていかれ、上司から退職勧告をされたらしく、私達の部署は通販関係の仕事をしていたので、彼が出てきた時には顧客からの電話対応をしていて、それをやめるわけにはいかない状況だった。

そんな中で、彼は形だけの挨拶を済ませ、ほとんど誰も聞いていない状況の中で、会社を去ることになった。

これはアルバイトの話でもないし、新入社員が入社後早々に退職をしたという話でもない。

彼は、勤続年数の少ないその会社の中では、どちらかというと古株にあたる人物だった。

この人を見ていても、等価交換の原則があるのであれば、どこかでもっとプラスの部分が訪れてもいいはず。

しかしながらそういったものは見受けられなかった。

逆に言うと、仕事がうまくいっている人であっても、大きな犠牲をはらっていないということは少なくない。

確かに、いくつも会社を持っている人で、何度も離婚歴がある人であるとか、そういった事情に当てはまっている人もいるものの、ある程度偶然の要素があるということは否めないし、少なくともどこかの分野で突出する才能や、実績を持たない人が、自分を慰めるための言い訳にすぎないのではないかという風に感じる。

結局のところ等価交換というのは、現実社会では幻想なのではないかというのが私の持論。



大切なことを

どんな仕事をするか、どこに住むか、誰と付き合うか?

本当はすべてあなた自身が決めることなのに、
現実の世界ではそれが許されない。

このブログを通して私が伝えたかったのは、
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